セレーネの窮地(3)

 

 部屋に着き、ガルフとエステリアは重症の冒険者をベッドに横たわらせた。

 傷口はガルフが応急処置をしているものの、体力の疲弊も合いまって、冒険者達の体は熱を持ち、呼吸がどんどん荒くなっている。


 心配そうに見つめ、冒険者達の身を案じるリーベル達。


「このままだとまずいな……」


 そうガルフが呟いた時、二階へ続く階段を勢いよく駆け上る足音が聞こえ、部屋の扉が大きな音ともに開かれた。

 そこにいたのは、息を切らしたレヴィとメガネをかけた爽やかな青年であった。


「おお、待ってたぞ、クライスさん。さあ、早くこちらに」


 ガルフはクライスという青年の姿を見ると、大きく手招きをして、こちらに来るように促した。

 事態が深刻なのを察知したクライスは、ベッドの側に駆け寄り、重症の冒険者2人を容態を確認する。


「これは早く治療しないと、命が危ないですね。レヴィさん、私の治療セットをこちらに」

「あっ、はい!ただいま!」


 レヴィは、何かの動物で作られた茶色い皮革の長細い袋をクライスに手渡した。

 手渡された袋を開けると、そこには艶やかな黒色の杖と、10種類ほどの煌びやかな魔法石であった。

 クライスは、迷うことなく10種類の魔法石の中から、透き通った水色の魔法石を黒色の杖に埋め込むと、冒険者の1人の額に杖先を付けた。

 そして、目を瞑りクライスは詠唱をし始める。


「神が作りし魔法石の加護の元、この者の内に潜む邪気を取り払いたまえ」


 すると、水色の魔法石は、ささやかな光を放つ。

 どうやら、クライスの詠唱に応えているようだ。


 みるみる内に、冒険者の額からは汗が引き、呼吸がどんどんと落ち着いてくる。

 完全に落ち着いたと同時に水色の魔法石の光は消えた。

 同様にして、もう1人の冒険者にも処置を施し、何とか一命を取り留めたのであった。


 そのクライスの姿に釘付けにされている人物が1人いた。

 そう、リーベルである。

 魔法を扱う身として、彼の魔法石を用いた処置に興味深々のようだ。


 自分に向けられている熱い視線に気づいたクライスは、その視線を向けるリーベルの方に振り向くと、苦笑しながら、彼女に軽く会釈をした。

 リーベルもハッと我に返り、慌てて会釈し返した後、クライスさんに問いかけた。


「クライスさん、その魔法は?」

「この魔法ですか。これは、医学魔法の一種で、鎮静魔法と言います。患者の呼吸の乱れや発熱、発作といったものを抑える事のできる魔法です」

「へえ~。ちなみに魔法石が数種類もあるのは、用途によって使い分けているのですか?」

「その通りです。医学魔法には、その時の症状にあった魔法石が必要不可欠ですので。例えば、今の患者の症状ですと……」


 クライスが、魔法石について熱く語ろうとした時、隣にいたガルフが大きな咳払いをして、クライスの話を制した。


「ちょっと、何止めてんのよ、ガルフ。せっかく、魔法の知識を習得できる良い機会だったのに……」

「すまんな。だが、クライスさんは、魔法石の話になると明け方まで話してしまう程、話が止まらくなるんだよ。それよりも今は、この事態を解釈するのが先決じゃないのか?」

「私もガルフ殿の意見に賛成です」


 リーベルの側にいるエステリアも小さく頷き、ガルフの言葉に賛同する。

 完全にアウェーの雰囲気なったリーベルは、不貞腐れた表情で「分かったわよ」と二人に言い放った。


 その時、重症の冒険者の一人が目を覚ましたのであった。

 クライスとガルフは慌てて、起き上がろうとする冒険者の腰に手を添えて援助した。


「お体はいかがですか」


 クライスは、ニッコリと微笑みながらその冒険者に問いかける。

 冒険者は、無表情のままクライスの問いかけにコクリと頷いた。

 その回答に、クライスだけでなくその場にいた全員がホッっと胸を撫で下ろした。

 すると、エステリアはその冒険者の側に行き、真剣な表情で問いかける。


「貴殿の身に何が起こったのですか」

「エステリア、まだ彼は、ついさっき回復したばかりだぞ。もう少し彼の体力と精神が落ち着いてからでも」

「しかし……」


 エステリアが言いかけた時、その冒険者は、エステリアの方を向き、「構いません」と弱々しな声で答えた。

 それから、彼は自分の身に起こった事を淡々と話し始めた。


「私は、”ハルジオンの森”にて、そこで眠っている相棒と共に下級魔獣の討伐に出かけたのです。いつも通り森を散策しながら、バルドやケルンといった下級魔獣の討伐を行っていた時、森の奥の方に何やら大きな動物のような影が見えて……」


 そう言った時、突如として彼の表情が強張ったのである。

 どうやら続きの話の光景が、脳裏に蘇ったようだ。

 側にいたガルフが彼に続きが話せるか確認をすると、彼は、大きく3つ深呼吸をして、ガルフに頷くと再び話を始めた。


「私達は、その影を追って森の奥へと足を進めました。そして、森の奥に開かれた平地でその影の正体を知ってしまったのです」

「その正体は?」


 リーベルが彼に聞き直す。

 その場にいる全員が息を吞んで、彼の答えを待つ。

 しばらくの間の後、彼は重い口を開いて一言呟いた。


「ニーズヘッグ」


 その言葉にリーベル以外の全員が絶句した。

 一方のリーベルは、「ニーズヘッグ?」と首を傾げる。


「野心の強い私の相棒は、すぐさま奴を討伐しようと平地に飛び出していきました。私も慌てて彼に続いて、飛び出したのですが、もうその時には彼の体は血まみれになっていて、私もニーズヘッグの餌食となりました。幸い、私は、かろうじて意識が残っており、ニーズヘッグが飛び立ったタイミングで、逃げてきたのです。冒険者として情けない……」


 そう言って涙を流す冒険者に、ガルフは彼の肩に手を置き優しく微笑み、彼を慰める。


「君は間違っていない。相棒を救った事実は、立派な冒険者の証だ。今は、ゆっくり休みなさい」

「はい、ありがとうございます」


 冒険者は、手の甲で涙を拭うと、再びベッドに横になり、眠りについたのであった。


 冒険者が眠りついたのを確認した後、ガルフは血相を変えてレヴィに指示を出す。


「ルーナティア聖騎士軍に応援要請を出してくれ。事態は深刻だ。一刻も早く対処しななければ」

「しかし、ガルフ殿。ルーナティア聖騎士軍は、王都リュンヌに駐在しております。王都からセレーネまでは、早くても4日はかかります」

「では、どうすれば良いのだ!このままだと、セレーネの住民が危険な目にあってしまう。この街は、冒険者しか武力として頼れる相手がいないというのに……」

「じゃあ、私がそいつ倒しに行くよ」


 すると、リーベルが平然とした表情でガルフに言い放ったのである。


「リーベル様、何を!」

「なんで?」

「リーベル様は、一国の王女です。危険な目に合わすわ訳にはいきません!」

「エステリア。私は、助けを求める人々に救いの手を差し伸べたい。それが、王女としての器よ。それにエステリアがいれば問題ないでしょ」


 リーベルが真っ直ぐにエステリアを見つめる。

 その表情は、一国の王女としての決意の表れであった。

 リーベルの決意にエステリアは心を打たれる。


「リーベル様……」

「何感動してるのよ!これぐらいの困難乗り越えなくちゃ、私達の目的は果たせないわよ。ガルフ、この依頼、私達が引き受けたわ!」

「よろしく頼む、リーベル、エステリア。しかし、エステリアは大丈夫そうだが、リーベルは、まだ駆け出しだろ?」

「何言ってんのよ、ガルフ!私は、駆け出しの中ではトップランクよ!」


 誇らしげなリーベルを、心配そうに見つめるガルフ達。

 すると、リーベルは何かを思い出したかのように、大きく目を開き、ガルフに問いかけた。


「ねえ、ニーズヘッグって何?」


 その瞬間、その場の空気が一瞬にして凍り付いたのであった。

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