セレーネの窮地
「ふぅー。危ないところだった。あたしの相棒も無事に戻ってきてよかったー」
酒場(バル)を出たリーベルは、ステッキをさすりながら、再び冒険者ギルドの集会所へと戻ってきた。
そして、先ほどの事を思い出す。
助けてくれた、名前も知らない憧れの彼。
その姿は、とてもかっこよくて、気がつけば彼に瞳を奪われてしまっていた。
思わず顔がにやけるリーベル。その頬は、真っ赤に染まっていた。
だけど……。
私を助けた時の彼の立ち振る舞いは、やはりどこか見覚えがあって、懐かしい感じがした。
そして、私をかばった時、彼は私に優しく微笑みかけた。
……でも、彼の目は、どこか遠くを見るような悲しい目をしていて……。
それは、きっと私にとって、とても大切な事のように思える。
でも、話した事すらない彼と私の関係なんて……って、考えすぎかな。
リーベルは、自らの両頬を叩いて気を紛らわす。
すると、ギルドの入り口から、ものすごい勢いでこちらに向かってくる女の冒険者がリーベルの視界に見えた。
「はぁはぁ。リ、リーベル様。ご無事でしたか」
その冒険者は、両膝に手をつき、乱れた呼吸を整えようとしている。
その必死な表情は、どこかの悪霊に取り憑かれた者のようだ。
「ちょっと、エステリア!そんな怖い顔してどうしたの?可愛い顔が台無しよ」
そう言うと、リーベルは、エステリアの艶やかな長い茶色の髪を優しく撫でた。
そのカワイイ女の子同士のやり取りに、一部の冒険者が熱い視線を向ける。
しかし、その視線に気づいたのか、エステリアは、その者達を鬼のような目で睨みつけると、彼らは恐れを感じて瞬時に目をそらした。
「リーベル様!聞きましたよ!酒場(バル)で大変な目に遭われたとか。酒場(バル)から出てきた冒険者達が噂していましたよ」
「そうなのー。あのタチの悪い冒険者達が、ガルフにめちゃくちゃするからさー。私、頭にきちゃって」
「なぜ、そんな無茶な事を。まだ、リーベル様は冒険者としては未熟なのですから」
「仕方ないじゃない!体が勝手に動いたんだから!それに……」
リーベルは、助けてくれた彼の顔を思い出す。
あの何事もなかったかのようなクールな表情。
胸がキュンと高鳴るのを手の平で感じる、にやけ顔のリーベル。
「あの、リーベル様、どうされたのですか?その、お顔の方が、お気持ち悪く……」
「なっ!うっさいわね!もっと言い方ってもんがあるでしょ」
「申し訳ございません。しかし、素直になりなさいとおっしゃられたのはリーベル様で……」
「それとこれとは別でしょ!もう、ほんと真面目すぎるんだから、あんたは」
「……それで、リーベル様、なぜそんな嬉しそうな顔をなされているのですか?酷い目にあったというのに」
「実はねー……キャッ!やっぱ恥ずかしい」
リーベルは、真っ赤になった顔を両手で隠して、悶えていた。
そんな様子に、おかしくなってしまったと心配そうな表情でリーベルを見つめるエステリア。
「おーい、リーベル。それにエステリアも」
そんな2人に声をかけてきたのは、酒場(バル)の店主ガルフであった。
ガルフは、麻の布で、濡れた髪をめんどくさいそうに拭きながら、2人の目の前へと来た。
「ガルフ殿、先程からリーベル様の様子がおかしいのですが、いったい何があったというのです。私は、タチの悪い連中と対峙したとしか聞いておりませんので……」
「おお、そうだったのか。実はな、あの連中からリーベルを守ったのは、あのキッチンの坊主なんだよ。そりゃあ、こんな反応になるわな」
ガルフの話を聞いた途端、エステリアは、リーベルの両手を掴んで、覆っていた顔を無理やり引き剥がした。
驚いた表情でエステリアを見つめるリーベル。
それとは対照的に、ものすごい剣幕な顔をするエステリア。
「なっ!何よ、エステリア」
「リーベル様!なぜ、あんな奴に助けを乞うたのですか!」
「いや、彼が自ら助けてくれたのですよ。あんな奴とは失礼です。彼は私の恩人なのですから」
「いや、あんな奴です!いつも澄ましたような表情で何を考えているのか分からん男など信用できません!それに……あの男は、あいつに……似て」
「ん?最後、何て言ったの?」
「いえ、何も言っておりません!とにかく、今後は私の側を絶対に離れないで下さい!リーベル様をお守りするのは、仕える私の責務でもありますから」
エステリアの必死な表情に根負けして、リーベルは、不貞腐れた表情を浮かべながら、しぶしぶ首を縦に振った。
その時だった。
"ドタン!"
何かが倒れたような音がギルド内に響き渡る。
その音は、ギルドの入り口の方から聞こえきた。
リーベル達を含む、ギルド内にいる冒険者達の視線がそちらに向けられると共に、先程までガヤガヤとしていた雰囲気が一気に凍りつく。
彼らの視線の先には、全身が血だらけになった2人の冒険者が生き倒れていたのであった。
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