第55話 カマイタチ

「屈強の河童族の力士達も……女、子供カッパも……たった四匹の“蛇怪牙じゃかいが”に、次々に殺されたゲロ……」

 

 そこまで話すと、五郎が言葉に詰まった。

 殺された河童の中に幼い弟と妹が居たのだ。


「…………ダッチ」


 半魚ッチは、膝を抱えて涙ぐんでいる。

 

「殺されたって……“蛇怪牙じゃかいが”は、転生した仁蛇じんじゃ達を、智蛇ちじゃの前に連れて行くのが使命なんじゃ?」


「それは、少し違うのよ……泰平さん」


「だって……殺したんじゃあ……」


 リンカ様の言葉に頭を振る泰平である。

 自分の先祖の為に、多くの妖怪が殺されるのを聞いていられなかった。


「神は……転生しても、その生命力の強さは残っているのよ」


「どういうこと?」


「転生した神は、胴体を切り刻まれても、直ぐには死なない……と、言う事じゃ」


 残酷な話をリンカ様にしてもらうのは忍びないと、ガッパ爺が口を挟んできた。


「“蛇怪牙じゃかいが”は、片っ端から妖怪を切り刻み……その中で、死ねずに苦しんでいる妖怪を智蛇ちじゃに差し出すのじゃ……」


「そ! ……そんな馬鹿な事が……」


「でも……でもドン! 妖怪は元々生命力のかたまりドン! 切り刻まれても死ない妖怪はいくらでもいるドン……」


 現に、輪入道族はその体をバラバラにされても生き続けられる妖怪である。

 泰平は、さっき輪入道の体の一部である、車輪のスポークを折って渡された時の事を思い出した。


リンカ様は泰平に近づくと、その肩に優しく手を置いた。


「だから、仁蛇じんじゃ義蛇ぎじゃは、自分たちの子孫に妖怪を護る使命を与えたのよ」


「それが……“羅刹らせつハンター”なんだね」


「ちょ、ちょっと~! それで……それからどうなったのよ~?」


 それを見ていた雪ん娘が、無理やりリンカ様と泰平の間に割って入ってきた

 二人の間で肩をゆすりながら五郎に話の続きをするように促した。


「え? ……あ、そうゲロね……」


「そうよ……」


「次々と、河童の仲間が殺されている時……河童山から一陣の風が村を吹き抜けたゲロ」


「風? あの……ピュウ~ピュウ~吹く風のこと?」雪ん娘が尋ねた。


「ただの風じゃなかったゲロ……風が吹き抜けた後……四匹の“蛇怪牙じゃかいが”の首が……一個、また一個と地面に落ちて行ったゲロ」


「首が? ……なによ! その気持ち悪いシチュエーションは~~! キモッ!」


 やっぱり雪ん娘が絡んでくる。

 状況を軽く見ているとしか思えない。


「“蛇怪牙じゃかいが”の首の無い胴体から噴水のように上がる血しぶきを呆然と眺めている我々の背後から、何処いずこからともなく人間が現れたゲロ」


「人間……人間だっんですか?」


「そうゲロ……男の人と、女の人……二人の人間だったゲロ」


「…………」


「あの時……あの二人が村を救ってくれなかったら……」


 河童の五郎の瞳から涙がこぼれ落ちた。


「河童村の村長は、その時の事を皆に語っては『この恩は一生忘れるな!』と教えられたゲロ」


「それが……父さんと母さんなんですか? 五郎さんは会ったんですね!」


 泰平は顔を紅潮させて詰め寄った。


「ごめんゲロ……その時、僕は全国河童会議に出ていて……河童村には居なかったゲロ! 後から聞いた話ゲロ」


 五郎は申し訳なそうに甲羅に顔を半分埋めた。


「僕モ山ニ逃ゲ隠レテイテ……合ッテイナイッチ」


「でも……長老の話ゲロ、男女二人の“妖怪使い”に助けてもらった……彼らは滅茶苦茶めちゃくちゃに強かったゲロと……」


「…………」


「そればかりか……二人の人間は、傷ついた仲間の為に、どんな傷でも治す万能薬の作り方も教えてくれたそうゲロ」


「薬じゃと?」


 ガッパ爺は、ガッパマネキンの手をポン♪ と鳴らすと、二度、三度とうなずいた。


「間違いない! その二人は泰平の両親……“羅刹ハンター”じゃ」


「本当に? 本当なんだね?」


 泰平は、ガッパ爺の顔と、雪ん娘の顔を交互に眺めた。

 雪ん娘の瞳にも、うっすらと光るものが見えた。


「泰平の母親は……“妖怪カマイタチ”の召喚者じゃと聞いておる。カマイタチの長に伝わる秘薬は、切傷を瞬時に治すという……」


「……“妖怪カマイタチ”なら、吹き抜ける風のように“蛇怪牙じゃかいが”の首をねたのも納得できるドン」


 昔、カマイタチを怒らせて車輪を切られた事のある輪入道が、素っ頓狂すっとんきょうな声を上げた。


「じゃあ……やっぱりお母さんとお父さんなんだね……」


「泰平さんの、お父様と、お母様は正義感の強い人なのよ♪」


「え? リンカ様……僕の両親を……」


「……“羅刹ハンター”は“蛇怪牙じゃかいが”に係らず、人や妖怪に災いをおよぼす悪鬼羅刹から怨みをかっておるのじゃ」


 泰平の質問を遮るように、ガッパ爺が口を挟んだ。


「だから、幼い我が子に災いが掛からないようにと、両親は泰平さんの前から姿を消したのよ♪」


「僕の為に……そんなことが」


「両親は、お前の事を心から愛しておった。だから去ったのじゃ……」


「うん……」


「母親が持つ、この世で一番早く泳げる“人魚”と、父親が持つ妖怪一のパワーを誇る“牛鬼”を泰平の体に移しての……」


 ガッパ爺は、ガッパマネキンの腕を組むと、また二度、三度とうなずいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る