第54話 あの日の出来事

蛇怪牙じゃかいが”に対して深い思い入れがある河童の五郎は、沈痛な表情で話しを始めた。


「あれは……十年前……河童村のカッパ祭りの日の話ゲロ。あの日は、朝から小雨が降り続けて“河童祭り”には最高の日だったゲロ。みんな朝からカッパワインを呑みながら、河童村の繁栄を祝っていたゲロ……でも……そんな浮かれた気分が一瞬で……消し飛ぶ事件が起きたゲロ」


「何が、あったんですか?」


「河童村が……“蛇怪牙じゃかいが”に襲われたゲロ……」


「思イ出シタッチ……アノ日ノ話ッチネ~~!」


 何を思い出したのか、半魚ッチが震えだした。


 あの日、河童村は生誕500年を祝っていた。

 川や、池、沼で取れた魚が山積みにされ、それをカッパコック長が次々とさばいて、見たことも無いような美味しい料理を作って振舞っていた。

 お腹いっぱい食べた子供たちは、どっちがお腹か甲羅か見分けがつかない。

 村の若い河童たちは、料理の食べ比べをしながら、どっちの舌が肥えているか、どっちがバカ舌かを笑いながら競っている。

 村の長老は、河童村の歴史を、誰彼構だれかれかまわず捕まえては講釈している。

 年寄りカッパも、ご婦人カッパも、子供カッパも、みんなクチバシをカタカタ鳴らして笑っていた。


 昼近く――村の中心に建てられたやぐらから、ド~~ン! 大きな太鼓の音が鳴り響くと、祭りを楽しんでいるカッパたちから、一斉に大きい歓声が上がった。


 祭りのメ~ンイベント【河童村対抗 大相撲大会】の始まりの合図である。


 やぐらの下の特設会場に作られた土俵の周りには、屈強なカッパ達が四股を踏んで出番を待っている。

 土俵の中央では、優勝候補の横綱カッパが今まさに取り組みをしようと股を割って対戦相手を睨んでいる。


 会場がシ~~ンと静まり返った。 


「見合って~! 見合って~! はっけよい、残った~~~!」

 

 皆が、固唾をのんで見守る中、二匹のカッパは、頭の皿が割れんばかりの勢いでぶつかると、鈍くて大きな音が辺り一面に響き渡る――


 はずだった――。


「ヒヤッ~~!」


 土俵上に響いたのは、対戦相手を見失い、甲羅からもんどりうって転がったカッパ力士の悲鳴だった。


「…………」


 その場にいた全員が、その状況を目の当たりにしても、何が起こったのか把握できなかった。


 辺りを静寂が包んだ。


「横綱カッパがいない? 横綱カッパが…消えた?」


「何が起きたの? 横綱は……何処?」


 静寂の中、それに耐えかねたように、あちらこちらから同じ言葉がささやかれ始めた。


 ドッス~~~ン!


 地面を震わせる轟音と共に、土俵の上に土煙が上がった。


「なんだ~~? 何かが降ってきたのか?」


「あれは? そんな……まさか……甲羅? 横綱?」


 土俵上に落ちてきたのが、甲羅をはぎ取られ、絶命した、血だらけの横綱カッパである事に気づくのに――さしたる時間は必要なかった。

 

「こいつじゃないジャ~!」


「こいつも違ったジャ~!」


 土俵上空から、暗く陰湿な声が聞こえてきた。


「あれは……何? あれは……悪魔?」


 空を見上げた子供カッパは、指をさしながら母カッパに尋ねた。


 そこには、小雨が降り続く薄黒い雨雲に同化するように、漆黒の毛皮をまとった四匹のぬえに似た妖怪が、薄笑いを浮かべながら河童村を見下ろす姿があった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る