第52話 一族の使命

「今の所、泰平の右手首には“牛鬼ぎょうき”そして左足首には“人魚”の能力を宿しているのは分かった……」


 ガッパ爺が泰平の手首を持ち上げた。


「だから……あの時……助かったゲロ」


 河童の五郎は、ピラニアに追われた時の事を思い出した。


「“天牙一族あまがいちぞく”は、その力を妖怪をまもる為に使っていたのじゃ」


「妖怪を護る一族? 泰平が? こんなに軟弱なのに?」


「若い妖怪には知らない者も多いが……妖怪の守護族として君臨しておる一族なのじゃ」


「ほんとに~? じゃあ~私と勝負する?」


 雪ん娘は、今まで守ってやっていた泰平が、実は妖怪を護る力を持っていたなんて、直ぐに信じられるはずもなかった。

 と――いうより、ずっと自分を頼りにして欲しかったのだ。

 複雑な女心である。


「待て雪ん娘! 今の泰平は、まだ軟弱な人間そのものじゃ……今は……」


 ガッパ爺は、チラッと泰平を見た。

 たぶん混乱しているだろう泰平の事が気になっているようだ。


「でもゲロ! 何故……その一族は、妖怪を護ってくれるゲロ?」

 

 半魚ッチと手を繋いでいる事に気づいた河童の五郎は、あわてて水かきで振りほどきながら訊ねた。

 いくら考えても、人間が妖怪を護る理由が浮かんでこないのだ。


「…………」


 ガッパ爺は答えない。

 何かを躊躇ちゅうちょしている。


「ダカラ沈黙ハ止メテッチ……恐怖ガ増シテシマウッチ~~!」


 半魚ッチは沈黙が嫌いである。

 一人で海を漂流していた記憶がよみがえるのである。

 五郎の手を握ろうとしたが、拒否された。


「それは……元の力を取り戻したい智蛇ちじゃたちが……妖怪を襲っているからじゃ」


 ガッパ爺が、重い口を開いた。


「何ノ為ニ、ソンナコトヲスルッチ?」


「それは……」


 言いにくそうなガッパ爺の代わりにリンカ様が口を開いた。


智蛇ちじゃたちが、神の力を取り戻すには……仁蛇じんじゃ義蛇ぎじゃを取り込んで、同化しないと駄目だって言ったでしょ?」


「それは……ガッパ爺が、さっき……」


「同化する方法……それは……相手を食べてしまうって事なのよ」


「食べる…………?」


「そうじゃ! ……食べる事で、体内に取り込み……そして、相手の能力を手に入れるのじゃ」


 ガッパ爺が口を挟んだ。

 年寄りのしゃがれた低音は、恐怖を増す効果が半端ない。


「…………」


 誰も口をきけない。


「神族はね……その神々こうごうしさと裏腹に残虐さを秘めているのよ」


「…………」


 もう、誰も口を開けられない。


「つまり……神というのは“吸収する力”を持った一族なの。敵を食べて強大になった一族なのよ」


 リンカ様もその一族である。

 さらに話を続けた。


智蛇ちじゃは……仁蛇じんじゃ達が妖怪に転生したと勘違いしているのよ……それは……さっきガッパ爺様が言っていたでしょう。覚えている?」


「…………」


 全員無言で、首を縦に振った。


「だから智蛇ちじゃたちは、妖怪を襲うのよ……」


「じゃあ……仁蛇じんじゃ義蛇ぎじゃ……いや、ご先祖様は……妖怪たちがオロチに襲われるのが分かっていて、人間に転生したんですか?」


 うつむいて何もしゃべらなかった泰平は、ゆっくりと頭を上げるとリンカ様を見つめた。

 泰平が、何かを悟ったように瞳の奥に強い光が宿った事をリンカ様は気づいた。

 そして、泰平の問いに優しくうなずいた。


「泰平さん……あなたのご先祖様はその事で心を痛めたのよ」


「それなら……」


「だから……仁蛇じんじゃ義蛇ぎじゃは、自分たちの子孫に“蛇怪牙じゃかいが”から、妖怪達を護るように……使命を与えたのじゃ……」

 

 泰平を抑えるように強い口調でガッパ爺が言った。


ガタン~~! ガッタタン~~! ドッタン~~!


 輪入道、河童、半魚人の順番で再び椅子から転げ落ちた。


「じ~~~~じゃ、じゃか……“蛇怪牙じゃかいが”~~~!」

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