第49話 シンクロ

 神との戦いに敗れたサタンは、地獄の底から更に幾層も深く沈んだ、地獄の最下層に煉獄れんごくされている。

 サタンの下半身は分厚い氷に包まれ身動きできないでいる。

 全てを引き裂いてしまうその鋼のような腕をどんなに伸ばしても、もはや天空に届く事はない。

 ただ漆黒の闇の中で空を掴んでいる。

 闇を切り裂く咆哮ほうこうも限られた空間の中では、虚しく木霊こだまするだけだった。


 荒ぶるサタンが地獄の最下層から抜け出せる条件はただ一つ。


 数億、数千万にも及ぶ人々の渦巻くような恐怖。

 暗くて深い悲しみの淵に落ちいく絶望のオーラを集める事だった。


 それが、サタンを再び地上に呼び戻すパワーとなるのだ。


 しかし地上は神が統治する場所である。

 その地上を地獄に変える事がいかに困難かは容易に想像できる。

 だから、自分と同じ邪心と、強い力を持つ者を利用するしかない。


 サタンは知っていた。

八岐大蛇ヤマタノオロチ”の中に、日本を地獄にしても己が快楽を求める邪悪な存在が居る事を。

 その者の力を利用してサタンは復活を遂げる。


 そして再び神に戦いを挑み――勝利する。


 日本を統治する神であれ、サタンとオロチの連合には手を出すこともできない。


 サタンが智蛇ちじゃに提案した――謀略だった。


「なるほど……そういう事が……。しかし、君はどうしてその事に気づいたんだ?」


 仁蛇じんじゃの情報力に驚く反面、まだ信じきれない義蛇ぎじゃだった。


「私は、智蛇ちじゃに次ぐ“精神感応テレパシー”の能力者よ。ずいぶん前だけど、うなされながら寝ていた智蛇ちじゃしずめてあげようと……シンクロしたのよ」


智蛇ちじゃの頭に入ったのか……それが……さっき観た映像……」


「そうよ……でも、その時は、単なる智蛇ちじゃの夢だと思っていたの」


「いつごろ確信に?」


「徐々に変わっていく彼女を見ていて……」


「どうして、俺に相談してくれなかったんだ?」


「私も、義蛇ぎじゃと一緒。疑いながらも……最後はやっぱり……智蛇ちじゃを信じていたの」


「仲間だものな……それも、一心同体の……」


すべてを理解した義蛇ぎじゃだが、仁蛇じんじゃがどうして自分たちを胴体から切り離したのか、理由が分からなかった。


「しかし……なぜ、俺たちを……」


「どうして私が胴体から切り離したか……知りたい?」


 義蛇ぎじゃの戸惑いが痛いくらい分かる仁蛇じんじゃである。


「私とあなたは……愛と正義の神。智蛇ちじゃがしようとしていることを見逃せるはずがない……」


「そりゃそうだろう! そこに正義はないだろう……」


「だから、サタンは智蛇ちじゃに、私たちを服従させる方法を教えたのよ」


「そんな……そんなことができるのか?」


 神の下僕――僕神ぼくしんであるとはいえ神である。

 悪に心奪われるような事はないだろうと憤慨する義蛇ぎじゃだった。


「あなたらしいわ♪ その正義感が好きよ♪」


「そ、そんな事を……急にいうなよ……」


 義蛇ぎじゃの頬が赤くなった。


「でもね……相手はあのサタンなの。天上神たちを相手に、勝利目前にまで追い込んだ悪魔なのよ。私たちの想像つかない知恵を持っているわ」


「そんな方法が……本当に?」


「現に、智蛇ちじゃは私たち以外の五蛇を従えていたじゃない。サタンの部下たちだって、元は天使……神だったのよ」


 智蛇ちじゃに勝ると劣らない、頭脳を持つ仁蛇じんじゃである。義蛇ぎじゃは納得するしかなかった。


「なるほど。確かに……あの信蛇しんじゃが、こんな暴挙に賛同するわけがないのに……」


 義蛇ぎじゃ信蛇しんじゃは特に仲が良かった。

 それだけに悔しそうに唇を噛む義蛇ぎじゃだった。


「これから俺は何をしたらいいんだ? 遠慮なく言ってくれ。俺はやる! サタンなんかの思い通りには絶対にさせない」


 この前向きな考えも義蛇ぎじゃの魅力の一つである。

 仁蛇じんじゃが微笑んだ。


智蛇ちじゃは、私たちを必死で探すでしょうね」


「探す? 邪魔な俺たちが居なくなってホッとしているだろ?」

 

「残念ながら……それは違うと思うわ」


 仁蛇じんじゃが寂しそうに微笑んだ。


「俺たちが敵に回るからか?」


「それもそうだけど……彼女にとってはもっと深刻な理由よ」


「…………」


 戦闘力は高いが、疑うことを知らない義蛇ぎじゃである。


 僕神ぼくしんは自分の考えより神の“導きの言葉”を中心に発想する。


 智蛇ちじゃ仁蛇じんじゃのように、自由な発想をする僕神ぼくしん稀有けうな存在といえる。

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