第47話 一匹多かった

 ガッパ爺はここまで話すと、ゆっくりとみんなの顔を見渡した。

 誰も一言も口をきけない。

 ただ、固唾を飲むだけだった。


「…………」


 しばらく沈黙が続いた後、“八岐大蛇ヤマタノオロチ”に襲われた経験のある輪入道が重々しく口を開いた。

 それは自分に語りかけるような小さな声だった。


「だからあの時……ワシは助かったドン。オロチの頭が六つしかなかったから……」


「妖怪の数が、一匹多かったゲロね。だから輪入道さんは……」


 河童の五郎もやっと口を開いた。


「…………」


 泰平はうつむいたまま口をきかない。

 人間である。まして中学生である泰平には刺激が強すぎる話だった。


「ねぇ……どうして……二匹の大蛇は死ななければならなかったの?」


 うつむいたまま顔を上げない泰平の肩に優しく手を添えて、雪ん娘が尋ねた。


「そうゲロ~! なんで死ぬ必要があったゲロか?」


「そうドン~! あの凶暴なオロチにそんな弱さなんか……」


「ボクハ死ンデイテ欲シイッチ~」


 各々が騒ぎ始めた。

 しかし収集がつかないほどは騒がない。

 重い空気が漂っているからだ。


 しばらくしてガッパ爺が口を開いた。


「死んじゃおらん……仁の蛇も、義の蛇も……生きておる」


「そんなばかな? 首を落とされて生きていけるはず……」


 立ち上がった泰平は、ガッパ爺を真正面から見つめた。

 雪ん娘が隣にいるのだ、いつまでもうつむいているわけにはいかない。


 ガッパ爺は、そんな泰平をチョット嬉しそうに見つめ返した。


「普通の妖怪なら死んどるじゃろな……じゃが……大丈夫なんじゃ」


「大丈夫……って……死んでないってことゲロ?」


「“八岐大蛇ヤマタノオロチ”は妖怪族と思われておるが、実は“古代神”なのじゃ」

「古代神? ……神様ってことなの?」


 雪ん娘が身を乗り出してきた。


 ガッパ爺は、リンカ様の方に向きなおすと、軽く頭を下げた。


「リンカ様と一緒じゃ。“八岐大蛇ヤマタノオロチ”は神話に出てくる蛇神……日本古来の神の一族だったのじゃ」


「そうよ。彼……いや、彼女たちは“僕神ぼくしん”と呼ばれる神族なのよ」


 リンカ様は右手を少し上げて答えた。


「神の一族は永遠の命を持つといわれておってな……現に、リンカ様はワシらの想像を絶する長い間生きておられるしな」


「だからと言って、わたくしを“おばあちゃん”なんて呼んだらダメですわよ♪」


 微笑みながらリンカ様が言った。


 確かにリンカ様の美しさ、優しさ、神々しさは、人のものでも、妖怪のものでもなかった。


 全員、首が千切れんばかりに左右に振った。

 当然、首がない輪入道は振れなかったが。


 ガッパ爺は、もう一度みんなを見渡すと、話を続けた――。

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