第46話 亀裂

 ピ~~ンと張りつめた怒気は大気を冷やし、辺り一帯に季節外れの大吹雪を巻き起こした。

 急激な気温の低下は生ける物全てを凍てつかせ、命を奪っていく。


 次々と動物たちが倒れていく光景に耐えかねた仁蛇じんじゃは、スルスルと義蛇ぎじゃに寄り添った。

 そして――耳元でささやいた。


「これ以上の睨み合いは……惨状が広がるばかりよ……」


「しかし仁蛇じんじゃ! 我々が諦めたら……この国は地獄になって……」


 義蛇ぎじゃは、悔しくてそれ以上言葉にならなかった。


「そうね……だから、解決方法は一つだけ。そうでしょ……義蛇ぎじゃ


「……君は……なにを……?」


 仁蛇じんじゃの真意をつかみかねている義蛇ぎじゃである。


 仁蛇じんじゃは、戸惑う義蛇ぎじゃにウインクをすると、ゆっくりと振り返り、暗い眼光を放ちながら睨んでいる智蛇ちじゃを見つめ返した。

 

 そして――。


 その場の緊張をあざ笑うようにニッコリと微笑んだ。


「…………」


 智蛇ちじゃを護る五匹の大蛇たちが言葉を失った。


 それほど優しく慈愛に満ちた仁蛇じんじゃの笑顔だった。


 ただ、その笑みを見た智蛇ちじゃは、ひるむことなく、勝ち誇ったように言い放った。


「負けを認めるにね! あなた達も……私に従うのね! ならば許してあげようじゃないの」


 仁蛇じんじゃは、智蛇ちじゃの言葉に、小さくうなずいた。


 それを見ていた、智蛇ちじゃ以外の五匹の大蛇は安堵の表情を浮かべた。


 次の瞬間――。


  仁蛇じんじゃの姿が、陽炎かげろうのようににユラッ~と揺れた。


 と、同時に――。


「ガハッ~~! グラァララ~~~~!」


 全てを引き裂く落雷のような断末魔が天空にとどろいた。


「何を~~? 何をする! 仁~~~~~!」


 それは、義蛇ぎじゃが発した断末魔だった。


「どうして? なぜ……そんな事を~~!」


 智蛇ちじゃを護っていた、忠蛇ちゅうじゃ信蛇しんじゃが同時に叫んだ。

 その壮絶な光景に我が目を疑い、後の言葉を失った。


 仁蛇じんじゃは、義蛇ぎじゃの首元に深く牙を立てると、大きく頭を左右に何度も、何度も振り続け――。


 とうとう義蛇ぎじゃの頭を、胴体から食いちぎってしまった。


 ドスン~~~! ゴロゴロ~~~~! 


 食いちぎられた義蛇ぎじゃの頭は、もんどりうって地面に転がり落ちた。


 ゴゴッゴッ~~~~~!


 その時、大地を切り裂くような轟音ごうおんが国中に響き渡った。

 大地は、まるで嵐の海のように――うねっている。

 やがて、“八岐大蛇ヤマタノオロチ”の足元の山から幾山にも連なる地割れが走った。


 ブッシャ~~! シュッシュッ~!


 亀裂は地獄の入り口のように広がり続け、あっちこっちに数百メートルにも及ぶ火柱が吹き出してきた。


「あっ~~~~! 義蛇ぎじゃ~~~!」


 普段から、義蛇ぎじゃとは仲の良かった信蛇しんじゃが思わず叫んだ。


 彼の声が聞こえたのか、聞こえなかったのか――。

 一瞬、戸惑いの表情を残して義蛇ぎじゃは、足元の亀裂から地中深く沈んでいった。


 策略をつかさどる智の蛇ですら、今、目の前で起きた事を理解できないでいた。


仁蛇じんじゃ……あなた……何を……?」


 義蛇ぎじゃが消えた亀裂を茫然と眺めていた智蛇ちじゃは、ハッと我に返り振り返った。


「エッ! 仁蛇じんじゃ……?」


 智蛇ちじゃは眼前に映る、光景に息を飲んだ。


 仁蛇じんじゃが、自分自身の胸元に喰らいつき――。

 今まさに、胴から首を、食いちぎりそうになっていた。


 辺り一帯の山々全てを真っ赤に染める血しぶきが天高く噴き出していた。


ドスン~~! ゴロゴロ~~~~~~! 


「な……! 何故……?」


 眼前に起きた事を全く理解できず、立ちすくんでいる六匹の大蛇をあざ笑うように、仁蛇じんじゃの頭は地面に転げ落ち、亀裂の中――地中深く消えていった。


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