第45話 対峙

 太古の昔、神とあがめられていた“八岐大蛇ヤマタノオロチ”は人間達に道徳を説いた。

 愛ある民をはぐくみ、大和やまとの国を、幸せと優しさが溢れる地にするために。


八岐大蛇ヤマタノオロチ”に導かれた人々は繁栄を繰り返しながら、時代は縄文から弥生に、弥生から平安へと移った。


 しかし、それと同時に、道徳をはき違えた者の間で争いごとが増えていった。

 心を満たす為には、他人を蹴落としても仕方ない。

 自分の為なら奪っても構わないという、曲がった解釈が芽生えた。

 人々の心の中を、欲望が支配し始めた。


 それを見ていた、仁蛇じんじゃは嘆いた。


「愛の力があれば、欲望なんか抑えられるはずよ!」


 それを見ていた、義蛇ぎじゃは憤慨した。


「その戦いに正義はあるのか? 悪に負けてはいけない」


「知恵とはそうしたものよ。知恵がつけば欲望を満たそうとしても仕方のないことよ」


 仁蛇じんじゃ義蛇ぎじゃの会話を聞いていた、智蛇ちじゃが割って入った。


 いつの間にか智蛇ちじゃを心酔し始めていた、忠蛇ちゅうじゃ信蛇しんじゃが追随するように参加した。


智蛇ちじゃの言うとおりじゃ! 人間とは心の弱い生き物じゃ!」


智蛇ちじゃが心配したとおりじゃ! 人間とは卑怯な生き物じゃ!」


「だから……今こそ“強い者”が“弱い者”を支配する世をつくるのよ。全ての人間を私たちに従わせるのよ! この国を私の物にするのよ~~!」


 智蛇ちじゃは炎のような真っ赤な口を大きく開くと、長く鋭い牙を剥き出しにして吠えた。

 その咆哮ほうこうは雷鳴となって響き渡った。


「そんなことになったら……この国は地獄になるぞ~!」


 義蛇ぎじゃ智蛇ちじゃに飛び掛からんと牙を向けた。


 それまで黙っていた考蛇こうじゃ悌蛇ていじゃは、二匹の間に割り込むと智蛇ちじゃなだめながらながら言った。


「しかし……智蛇ちじゃこの国には沢山の妖怪がおるんぞ」


「そうじゃ! 妖怪は人間と共に生き、人間を守る為に存在しとるんぞ~」


 神の末席に位置する“八岐大蛇ヤマタノオロチ”には多くの妖怪の部下がいた。

 彼らは日本中に散らばり、陰ながら人々を見守っていた。


「だったら、そんな妖怪も滅ぼしてしまえばいいのよ~~!」


 智蛇ちじゃは少し苛立ちながら言い放った。

 その語気の強さに考蛇こうじゃは後ずさりした。


「……そんな……さすがにそこまでは……」


「私の言うことが聞けないの!」


「…………」


 考蛇こうじゃと、悌蛇ていじゃは、威圧感ほとばしる“知恵の大蛇”に逆らえない。


「ちょっと待って~! それは違うでしょ! 人間達は愛で導かないと」


 今度は、仁蛇じんじゃが割って入った。


「そうだ~! 我々も妖怪の一族! それが妖怪も滅ぼすなんて……そこに正義はないだろ~」


 仁蛇じんじゃに呼応するように義蛇ぎじゃが吠えた。


「おだまり! いつまで私に楯突くつもりなの~~~!」


「なんだと~! 自分の言っている事の恐ろしさに気づいていないのか~~」


 智蛇ちじゃ義蛇ぎじゃ――。


 二匹の怒りに満ちた覇気が辺り一帯に充満した。


 憎しみが交差しあって、一触即発だった。


 ザッザッザァ~~~~!


 信蛇しんじゃ忠蛇ちゅうじゃが、ささくれた巨木がこすれ合うような鈍い音を響かせながら、智蛇ちじゃを護るように、とぐろを巻いた。


 優柔不断な考蛇こうじゃと、悌蛇ていじゃは多勢についた。


 二匹の大蛇と、六匹の大蛇は一つの胴体を引っ張り合うように対峙した。


 そして、焼けつくような睨み合のまま膠着こうちゃくし、お互いまったく引こうとしなかった。


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