第43話 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)

 もう一度、全員を見渡したガッパ爺は、うつむき軽く息を吐くと、意を決したように顔を上げた。


「皆は……“八岐大蛇ヤマタノオロチ”を知っておるじゃろ?」


 ガタン~~! バタン! ドタン~~! 


 輪入道、河童、半魚人が同時に椅子から転げ落ちた。


「オ、オ……オロチって~あの大蛇ゲロか? 頭が八つもある化け物ゲロ~~!」


「オロチは妖怪の天敵! ワシらを食い殺すドン~~!」


「今ハ地獄二閉ジコメラレテイル……ハズダッチヨ~~」


 半魚ッチは名前を聞いただけで震えている。


「え~~! なに? そのヤマタの何とやらが、私らに何の関係があるのよ?」


 雪ん娘は知らないようである。


「…………」


 泰平も頭の中で大蛇が暴れている怪獣映画を想像をしているようだ。


「まさか……泰平が、その大蛇と関係がある……なんて言うんじゃないでしょうね~♪」


八岐大蛇ヤマタノオロチ”をよく知らない雪ん娘は強気である。

 しかし、雪ん娘の言葉に強く反応したのは三匹の妖怪たちだった。

 一瞬「まさか?」という顔をして互いの顔を見合った。


 各々おのおの、震える手で自分の椅子を手繰たぐり寄せ腰かけると、祈る気持ちでガッパ爺の顔を覗き込むんだ。


「…………」何も言わないガッパ爺。


「何か喋ってゲロ~~~! ガッパ爺ィ~~様~~~!」


 ガッパ爺の沈黙が更なる恐怖をあおっている。

 泰平から少し後ずさりしたのは、一番気の弱い半魚ッチだった。


「だから~ガッパ爺……そこで……黙らないでよ! 不安になるじゃないか~」


 思わぬ展開で一番不安なのは泰平である。


「まぁ……実をいうと……雪ん娘の言う事も……あながち」


「うん! うん……!」


 リンカ様を除く全員が、更に身を乗り出した。


「……なかなか的を得ている……」


 ガタン~~! ガタン! ドタン~~! 


 輪入道、河童、半魚人が再び椅子から転げ落ちた。


 ガッパ爺は、知りうる限りの伝説を、そして真実を話し始めた。


 天牙一族とは、“八岐大蛇ヤマタノオロチ”の末裔か? と、問われれば「そうだ!」と言えるような、言えないような――。


 太古の昔、出雲の国に一つの胴体に八つの頭、八つの尾を持ち、八つの谷と八つの丘にまたがるほど大きな大蛇が住んでいた。

 ただ、その見た目とは裏腹に、性格は優しく慈愛に満ちていた。

 人々はそんな“八岐大蛇ヤマタノオロチ”を神とあがめ信仰していた。

 事実“八岐大蛇ヤマタノオロチ”は大妖たいようより神に近い存在だった。


 八つの頭はそれぞれに【じんれいちゅうしんこうてい】と呼ばれた。


じんの蛇――仁蛇じんじゃは……愛。人を思いやる心を】


の蛇――義蛇ぎじゃは……正義を貫く心を】


れいの蛇――礼蛇れいじゃは……敬意を表す心。礼儀と作法を】


の蛇――智蛇ちじゃは……豊富な知識と策謀を】


ちゅうの蛇――忠蛇ちゅうじゃは……主君に尽くそうとする真心を】


しんの蛇――信蛇しんじゃは……信頼する心。疑わない心を】


こうの蛇――考蛇こうじゃは……工夫をめぐらす心を】


ていの蛇――悌蛇ていじゃは……目上に対しての従順を】


 それぞれの大蛇は、それぞれの徳をもって人々を幸せに導いていた。


「それはおかしいゲロ!」


 河童の五郎がすっとんきょうな声をあげた。


「そうドン! “八岐大蛇ヤマタノオロチ”は妖怪の敵……悪の中の悪! 悪魔王ドン~」


 あの豪胆ごうたんな輪入道も震えながら言った。


「確かに、今の“八岐大蛇ヤマタノオロチ”は恐ろしい悪魔のような存在じゃ……が」


 ガッパ爺は、チラッと泰平を見たが話を続けた。


「神とあがめられていた“八岐大蛇ヤマタノオロチ”は……ある裏切り者との契約をきっかけに豹変したんじゃ」


「裏切り者との契約……?」


 皆はその言葉に固唾をのんだ。


「悪行を尽くした“八岐大蛇ヤマタノオロチ”が、神の子“須佐之男命スサノウノミコト”に首をはねられて退治されたという神話は知っているじゃろ?」


「神話なんかじゃないドン! あいつは、今でも妖怪を苦しめているドン~」


 五郎と比べても、少し長く生きている輪入道は“八岐大蛇ヤマタノオロチ”に襲われた過去があった。


「そのとおりじゃ……あやつは今も生きておる。そして今も……妖怪を襲っておる」


「首がはねられたなんて……作り話でも……ひどい嘘ゲロ~」


「モウ……ソンナ怖イ話ハ聞キタク無イッチヨ~」


 半魚ッチが泣きながら小さくなっている。

 これ以上水分を失うと干物になってしまいそうである。


「輪入道……おぬしは“八岐大蛇ヤマタノオロチ”を見たそうじゃが……その時、頭はいくつあった?」


「頭? 蛇の頭の数ドンか?」


「“八岐大蛇ヤマタノオロチ”なんだから……八つでしょ?」


 雪ん娘が口を挟んだが、ガッパ爺はそれを無視するように再び輪入道に尋ねた。


「お主は……いくつの蛇の頭に襲われた? 覚えておらんか?」


 しばらく考え込む輪入道。

 何かを思い出したように口を開いた。


「もう二百年も前のことドン。あの日は、もののけ長屋の新築で……」

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