第42話 あんま船伝説

「ガッパ爺~! まだ説明をしていない事があるでしょ~! 誤魔化そうとしていない?」


 雪ん娘の声にみんなが振り返った。


「どうしたゲロ?」


「まだ、なんかあるドン?」


「輪入道さん達は知らないでしょうけど……あの時……半魚ッチに私が襲われそうになった時……何か凄い力で、あんたが吹き飛ばされたよね?」


 雪ん娘は、腰に手をあて、前かがみになって半魚ッチに詰め寄った。


「池に落ちてきた事ゲロ? アレは……吹き飛ばされたからゲロ?」


 河童の五郎も、頭の皿をキュッキュツとこすりながら半魚ッチに尋ねた。


「スイマセン……ヨク覚エテナイッチ! デモ……今モ体ガズキズキト痛イッチ」


 半魚ッチは、雪ん娘と五郎を交互に見上げながら半べそをかいている。

 

「なるドン! そのことを知っていて黙っているガッパ爺……怪しいドン!」


 輪入道の言葉に、みんながうなずきながらガッパ爺に詰め寄った。

 困ったガッパ爺はリンカ様に助けを求めて振り向いた。


「そんなにガッパ爺様を困らせないでね♪」


「だって~私なんか、こいつに殺されかけたのに……知る権利ありますよね?」


 しつこく食い下がる雪ん娘に、リンカ様が優しい笑顔で近づくと、耳元で小さくささやいた。


「そうね♪」


 そして、雪ん娘の隣でリンカ様に見とれている泰平に振り向いた。


「泰平さんはね……“あまがの一族”なのよ。もう覚醒しかけているみたいだから、みなさんには知っておいてもらった方が良いんじゃないかしら?」


 リンカ様は泰平の手を取ると、手首辺りを確かめ始めた。

 いきなり妖艶なリンカ様に手を握られた泰平は耳まで真っ赤になって狼狽している。


「な……何ですか? 覚醒? ……リンカ様の手……柔らかいですね~~♪」


「なんなの? 泰平に関係ある事な……こら~泰平! なにニヤケってんのよ~」


 泰平以上に雪ん娘が狼狽している――いや、憤慨ふんがいもしている。


「……確かに……そろそろ知っておいた方がよいかもしれんの……」


 ガッパ爺は自分で自分を納得させるように呟くと、皆にもう一度席に着くようにうながした。

 各々は、お互いに顔を見合わせると、言葉を発することなくテーブルに着いた。


 ガッパ爺は――輪入道、河童の五郎、半魚人の半魚ッチ、そして雪ん娘、泰平とも目を合わせながら、これから話すことは絶対に口外しないよう念を押した。


「皆は『あんま船伝説』を知っておるか?」


 ガッパ爺が珍しく緊張しているのが分かった。

 可愛い泰平の秘密を明かす事を躊躇ちゅうちょしているのかもしれない。


「知っているゲロ。『あんま船に乗ると、悪鬼羅刹あっきらせつから我々をまもってくれる』……妖怪の間では有名な伝説だゲロ」


「ワシは唄も知っているドン……『あんま船に乗りやんせ♪ あんま船を漕ぎやんせ♪ どこ行く先も“あんま”と共に♪ どこ行く先も“あんま”と友に♪』妖怪、物の怪では知らん者はおらん程に有名な唄ドン……それと泰平が……何の関係があるドン?」


 輪入道は興味津々である。

 嫁入道の土産話にしようとしている節がある。


「あんま船は、長い年月で呼び方が微妙に変化したんじゃ。本当は“あんま船”ではなくて……“あまがの憤怒ふんぬ”が正解なのじゃ……」


「“あまが”って……僕の姓と……同じ? それに憤怒ふんぬって?」


「そうじゃ……“あまが”は泰平の姓“天牙あまが”……憤怒は『激しい怒り』という意味じゃ」


「なんだよ……なんか、怖い話なの? ……天牙の怒りって……」


 まだ中学生の泰平である。

 どちらかと言えば、殺伐さつばつとした事より、楽しい方が好きなのだ。

 ホラー映画が大好きで、いつも雪ん娘に連れ出されてシブシブ着いて行くのだが、実はディズニー映画を観たい事を言えない泰平である。


「『当たらずも遠からず』じゃな。……『あんま船伝説』は“天牙一族”にまつわる古い伝説の事なのじゃ」


「なによその……“天牙あまが一族”って? 泰平と関係があるの……」


 雪ん娘も興味津々である。

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