第41話 雲外鏡(うんがいきょう)

 半魚ッチは、うつろな眼差しで地面を眺めながら、覚えている範囲の出来事を打ち明けた。


「一年間も……僕に見つからないで、この池に住んでいたゲロか?」


 全てを聞き終えた河童の五郎が口を開いた。


「分カラナイッチ。朝……気ガ付クトホコラノ前デ寝テルッチ。デモ……マタ直グニ記憶ガ無クナルッチ……」


「記憶がなくなる……そんなことがあるゲロ?」


「半魚人君は“イザナギの勾玉まがたま”に、操られていたんじゃ……」


 ガッパ爺は半魚ッチの傍らに座りなおすと、マネキンの手を彼の肩においた。


「僕……操ラレテイタ……ッチ?」


「そう……お主の、故郷が恋しいという“心”に付け込まれたのじゃ」


「妖怪の心を操るゲロ? 神具なのに、そんなことを……」


「だから……半魚人君のしたことを非難することは……誰もできん……ですな? リンカ様」


「そうですよ。半魚人さんは何も悪くありません……“イザナギの勾玉まがたま”は、決してみんなを幸せにするような物じゃないのですから」


「神様はみんなを幸せにする存在じゃないゲロ?」


「残念だけど……神は無情な一面も持っているのよ」


「……ゲロ?」


「その証拠に、勾玉まがたまは山や森を作る時、多数の意思を取り入れ……少数の者は切り捨てる……血も涙もない、ただの道具でしかないのですよ」


「無情な……道具ですか?」泰平が深いため息をついた。


「……神以外が触れてはならない代物なのゲロね……」


「でも、悪い事ばかりじゃないぞ。勾玉まがたまの力を利用したら、この環境を元に戻すことも……また容易なはずじゃからな」


「そうだよ~♪ 今からでも元の“おたのし池”に戻せばいいんだよ~」


 泰平が元気を出そうとばかりに大きな声を張り上げた。


「うるさいわよ~! ばか泰平! わたしの耳元で大きな声出さないでよ~」

 

 また、雪ん娘に怒られた。


「……半魚人君……今はどんな気持ちじゃ?」


 ガッパ爺が、さっきから下を向いて顔を上げない半魚ッチに尋ねた。


「五郎ッチガ護ルコノ池ニ……アンナコトヲシテシマッチ……申シワケナクッチ……」


 ガッパ爺は、涙を流す半魚ッチの顔を持ち上げると、瞳の奥をジッと覗き込んだ。


「なるほど……もう大丈夫じゃな」


「大丈夫? 何が大丈夫ドン?」


 ガッパ爺の行動を不思議そうに見ていた輪入道が尋ねた。


「“とじこめタンス”とリンカ様のおかげで……勾玉は完全に封印されておる。半魚人君の心が、ここに戻ってきたようじゃ」


「リンカ様のおかげ? あ! ……なるほど、それが“神の息吹”なんだね」


「なるほどって……何よそれ? ばか泰平のくせに!」


 憎まれ口が止まらない雪ん娘である。

 それをリンカ様が優しい眼差しで見つめている。


「きついな~♪ 勾玉まがたまを封印するときカッパ爺が『封印するには神の息吹が必要だって』言ってた理由が分かったのさ♪」


 自慢げに親指を立てると、雪ん娘に向かってウインクをした。


「ウェッ♪ やめなさいよ……気持ち悪い~」


 でも――まんざらでもなさそうだ。


「半魚ッチ……今までの事は忘れたゲロ♪ 明日から一緒に“おたのし池”の再建を手伝ってゲロね」


 五郎は半魚ッチの右手を取ると固い握手をした。


「ゴメンナサイ……本当ニゴメンナサイ! 五郎ッチ~~!」


 半魚ッチは、人目をはばからず声を出して泣いた。


「ただ、残念な事は……あの美味しいカッパ村の胡瓜を食べ損なったことゲロね~」


 河童の五郎も涙が止まらない。

 ガッパ爺も目に涙を溜めて満足そうにうなずいた。

 年寄りは涙もろい。


 全員の心が一つになった。


「ヨシ! それでは、明日の作戦会議じゃ~。半魚人君も頑張ってくれるな?」


「ハイ~♪ 頑張ルッチ……何デモ言テッチ~♪」


 ガッパ爺は、マネキンの手で五郎と半魚ッチの肩を軽く叩いた。


「今から言うことをよく聞くんじゃぞ。こりゃ泰平~! 雪ん娘ばかり見とらんでワシの話を聞かんか~」


「そ、そ、そんな……見てないよ!」赤らむ泰平。


「ば、ばか泰平~! 何してるのよ~」戸惑う雪ん娘。


 意地悪は年寄りの若返り健康法といっても過言ではない。


「まず……夜が明けたら、アマゾンの生き物を故郷に帰すための“お帰りボックス”を池の両端に設置し、真ん中から二手に分かれて河童君と半魚人君でボックスの中に追い込んでくれ」


「任してゲロ!」


「ガッパ爺! 追い込むって……ワニやピラニアに逆襲されるんじゃないドン?」


 輪入道が心配して口を挟んできた。


「それは大丈夫じゃ。アマゾンに住むピラニアやワニは……本来妖怪の友達じゃからな」


「……そうドン?」


「それが狂暴化して河童君を襲ったと聞いて腑に落ちなんだが……それも勾玉まがたまの力で過剰に防衛本能が働いてたんじゃと分かった……棲家を守る為の本能じゃな」


「なるほど~! そうだよね……ワニと妖怪の戦い何て聞いたことないもん」


 ガッパ爺の知識の深さにはホトホト感心させられる泰平である。


「勾玉を封印したから……明日の朝には、おとなしい性格に戻っているはずじゃ」


「……ゲロ!」

 

 あの凶暴なワニ達に襲われ続けた五郎はにわかに信じられなかった。


「確カニ……アマゾンデハ“ピラニア”ヤ“ワニ”ハ友達ダッタッチ」


「そういうことじゃ。友達と遊ぶように、安心して追い込んでくれ」


「オッ~~~♪」


 みんな俄然がぜんハリキリだした。

 やはりワニとピラニアは怖かったようだ。


「そして…………」


 ガッパ爺が、申し訳なさそうにリンカ様をチラッと見た。


「わたくしのお仕事でしょ♪ 御縁了なく言って頂戴♪」


「……気が引けるんですが……リンカ様の“喰い喰いペリカン”の能力で熱帯植物を一掃していただけませんかの?」


 やっぱり、神様に物事を頼むのは気が引けるガッパ爺である。


「気にしないください♪ あっちの植物が残っていたら“イザナギの勾玉”の力が、どちらつかずになってしまいますものね♪ このような面倒な道具を残したのは神の責任ですから……」


リンカ様が口を開く度に男どもの目がハートに変わった。


「それでは作戦の成功を祈って今夜は早く寝るのじゃ。トレーラーの奥に鏡の妖怪“雲外鏡うんがいきょう”から“おやすみ鏡”を借りてきたから、各々中に入ってくつろいでくれ」


“おやすみ鏡”は、その名の通り、鏡の中の部屋に入れる雲外鏡の妖怪アイテムである。


 用意周到を絵にかいたようなガッパ爺である。


「それじゃ~おやすゲロ~♪ 明日はよろしくお願いゲロ♪」


 五郎が深く頭を下げて、みんなを送ろうとしたとき――。


「ちょっと待ってみんな~! 何か忘れていない?」


 雪ん娘がトレーラーに向かうみんなを呼び止めた。

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