第39話 漂う半魚人
雪ん娘もリンカ様が神様と分かって態度が一変した。
「リンカ様♪ 失礼しました~♪ いま、食後の紅茶をお持ちしますね♪」
いそいそとキッチンに入っていくと、鼻歌が聞こえてきた。
「ガッパ爺様♪ わたくしの事より、本題に入りましょうか」
「た、確かに、そ……そうですな。では……半魚人君」
「…………」
「南米の妖怪が何故この池に居るのかの? この池の惨状を何か知っておるか?」
ややきつい口調で問いかけるガッパ爺。
「…………」
さっきから、ずっと下を向いている半魚ッチの口は固かった。
「半魚ッチ……ちゃんと応えるゲロよ。みんなには、生立ちから説明した方がよいゲロ」
「分カッタッチ……チャント……全部ヲ話スッチ」
半魚ッチは五郎に
アマゾンの妖怪である自分が、なぜ日本に居るのか――そして、ここで何をしたのかをボソボソと話し始めた。
半魚ッチが産まれたのはアマゾン川の上流。
太古の昔から半魚人の聖地として崇められた、緑豊かなジャングルだった。
しかし、そんな聖地も――彼が幼い頃――人間による森林破壊と、地球温暖化によるスコールが頻繁に発生する過酷な場所に変わってしまった。
滝のような雨が何日も続くと、その流域は半狂乱のアナコンダのように荒れ狂い、川の
そんなある日――川で遊んでいた半魚ッチは突然の“ゲリラ豪雨”に襲われた。
一気に
「助ケテ~~! 怖イヨ~~!」
半魚ッチの声は村まで届くことなかった。
幼い水かきは荒れ狂う川を乗り切る力もなく、どす黒く濁った
人間だったら直ぐに
半魚ッチは、濁流という
やがて、海にたどり着いた。
その時――彼は、水圧という無情な力に揉まれ、両足を骨折してしまっていた。
「なんだ~あんたの足が短いのはその時の後遺症なのね♪」
紅茶を運んできた雪ん娘が口を挟んできた。やっぱりまだ半魚ッチに恨みが残っているようだ。
両足の動かない半魚ッチは、広い~広い大海原を、ただ力なく幾日も波に揉まれながら漂っていた。
幼いとはいえ妖怪の生命力は驚異である。
漂流しながら一カ月が過ぎた――。
その日、偶然にも半魚ッチの近くを客船が通りがかった。
「助ケテ~~! 誰カ~~!」
しかし外洋を航行する船は大型であり、海面から甲板までは数十メートルはある。小さな彼の助けの声など船員に届くハズもなかった。
半魚ッチは残り少ない力を振り絞って、その船の一部にしがみついた。
彼は、船首が切る鋭い波に揉まれながら何日も一緒に航海をした。
そして、力が尽きると船から手を離し、また何日も大海原を漂った。
また次の船が彼の傍を通りがかるまで。
彼は、ただ――ただ、波に身を任せて漂い続けた。
その頃である――。
半魚ッチは、生きるために脇腹のエラから海水を体内に取り込み“変態”する能力を身に付けた。
サメがウヨウヨしている海域は、サメに“変態”して乗り越えた。
台風に遭遇すると、ゴムボールに“変態”して荒れ狂う高波を乗り越えた。
そして、何隻かの船にしがみつきながら何ヵ月も漂流を続けているうちに、やっと小さな、小さな漁村の明かりを沖合から見つけた。
体力も気力も、命も尽きかけていた半魚ッチを幸運の女神は見捨てなかった。
あきらめない強い心が彼を救ったのだ。
半魚ッチは、最後の力を振り絞って漁村に向けて水かきを蹴った。
更に幸運は続いた――。
丁度その時、漁村では年に一度の“河童祭り”の最中だった。
その祭りを楽しみに毎年、海の中からこっそり見物に来ていた河童の五郎の父親が半魚ッチが発見したのだ。
「どうしゲロ? ……半魚人の子供がこんな所に……生きているゲロか?」
五郎の父親は、今にも命の
その日から半魚ッチは河童村の子供として育てられた。
「半魚ッチは育てられた恩を忘れない、心優しい男だゲロ……日本の池をメチャクチャにしてやろうなんて……絶対に思わないゲロ」
目に涙を浮かべながら五郎は言った。
輪入道も、雪ん娘も泰平も泣いている。
「“おたのし池”がこうなったのは、半魚人君のせいではないと?」
ガッパ爺が問いかけた。
半魚ッチはゆっくり顔を左右にふった。
「違イマス。僕ガコノ池ヲコウシテシマッタッチ……」
消え入りそうな声で応えた。
そして、この一連の惨状を話し始めた。
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