第38話 女神

 みんなが、その声に陶酔してしまった。


 次の瞬間――。


“喰い喰いペリカン”の周りから、七色にキラキラ光るシャボン玉が吹き出してきた。

 それは、プクプクと音をたてながら、みるみるうちに“喰い喰いペリカン”の全身を光と一緒に包みこんだ。


 そして――。


 ポン♪ ポン♪ ポン♪ シャボン玉が弾けだした。


 一個、また一個割れていくシャボン玉、その下から華やかな黄色いドレスを身にまとった、ゴージャス姉妹のような黒髪の美しい貴婦人の姿が徐々に現れてきた。


「…………」その場にいる全員が固唾を飲んだ。


 そして、シャボン玉が全て弾けて消えた時、やっと年の功――ガッパ爺が感嘆の声を上げた。


「なんと♪ 想像はしていたが……ここまで美しいとは!」


「こりゃなんとした事ゲロか……まさに、天女様の降臨でゲロ♪」


 河童の五郎の目はハートになった。エロガッパという言葉はここからきているのかもしれない。


「キラキラ眩シイ~! ビーナス様ハ…コノ国ニイタッチカ~~♪」


 半魚ッチも自分の置かれている立場を忘れて身を乗り出した。

 泰平も口がだらしなく開いたままである。


 しかし、この光景を冷ややかな眼差しで見ている者が一人いた。

 当然、雪ん娘である。


「こら~~! 男ども……シャキッとしないか~~!」


 雪ん娘は、ボーッとしている男全員の顔めがけて雪の玉をぶつけた。


「あら、あら♪ 乱暴は駄目よ~雪ん娘さん♪」


「だってこいつら~」


「ほらほらみなさん……雪ん娘さんの、せっかくのお料理が冷めてしまうから……ダイニングに行きましょうね♪」


 男たちの視線を背中に浴びながらリンカ様は、さっそうとダイニングに入って行った。


 ガッチャ~~ン! ガタ~タ~ン!


 ダイニングからけたたましい音が響いた。

 先にテーブルに座って待っていた輪入道が椅子から転げ落ちたことは容易に想像ができた。


「は、早く……行くゲロ♪ ご飯を食べるゲロ~♪」


「うん~~♪ 急ごう~~♪」


 もはや、ダイニングはリンカ様を中心に男どもが取り囲んで座った。


 最年長のガッパ爺は、さっきから何度も咳をしながら気を取り直している。

 そして、ワインの入ったグラスを片手に立ち上がると、全員に向い言った。


「と、とりあえず今日はご苦労じゃった……明日は太陽が昇り次第、次の作戦を決行するから、みんな頑張ってくれ。それでは……頂きますじゃ~~」


「え! 今夜の作戦は……もう終わりゲロか?」


「そうじゃ。イザナギの勾玉まがたまが浄化されるまで……果報は寝て待てじゃな」


「やり~♪ じゃお腹いっぱい食べれるじゃん」


「ワシは美しさにやられて胸がいっぱいドン♪ ご飯がのどを通らないドン♪」


「今のセリフを“嫁入道”さんに報告しちゃおうかな~」


「まて~泰平! 今のは無かった事にしてくれドン~」


「おほほ~♪ 楽しい皆様だこと♪」


 雪ん娘自慢のロシア料理“ビーフストロガノフ”は美味しかった。

 みんな嬉々として舌鼓を打ちながら、ひと時の楽しい時間を過ごした。


 しばらくすると、ひと通り食べおいた泰平が切り出した。


「質問! ガッパ爺~」


「なんじゃ? お前は最近……早食いじゃな。消化に悪いぞ」


「お腹も落ち着いたところで、今日の事を説明してよ。分からない事が多過ぎて……何がなんだか?」


「そうじゃな~。しかし、ワシにも分からん事が少しあるしな……」


 ガッパ爺は、改めてリンカ様の方に向き直ると軽く頭を下げた。


「最初にお訊ねするんですが……リンカ様は“ダイダラボッチ神”の何ですかな?」


「ダイダラボッチのペットっていう話は聞いたことがあるドン。でも……どう見てもそれは間違いドンな~」


 輪入道が一番気にかかっていたようだ。


「おほほ~♪ ペットですって? 確かに、そんな噂も聞いたけど……ガッパ爺様は……少しお気づきなんでしょ?」


「なにドン? ガッパ爺は何か知ってたドンか~?」


「まてまて! ワシは……もしかしたらと思ってただけじゃ」


「それでも……そんな大事なことを」


「泰平~! あんたには関係ないでしょ~」


 何を言っても、雪ん娘に怒られる泰平である。


「ここに来る前……ダイダラボッチ神に電話して『喰い喰いペリカンの怒りをしずめてくだされ』と、頼んだ時……あのあわてようは普通じゃなかったからな~。ある程度は事情は聞いていたのじゃが……」


 やっぱりガッパ爺は、リンカ様の正体を少なからず知っていたようだ。

 それでいて、みんなにはそんな事おくびにも出さず接していたのだ。


「なぜ僕たちに黙っていたんだよ? 僕はてっきり怖い妖怪だと思って……」


「いや、いや……リンカ様が、このような美しい女性とはワシも知らなんだんじゃ」


 こんな綺麗な女性に対して、失礼な態度を取ったことを反省する泰平である。

 妖艶な女妖の魅惑に、少なからず翻弄されている。

 大人の世界への第一歩である。

 

「ダイダラボッチ神から『リンカがその気になるまで、なるべく黙っていてくれ』と頼まれていたしな……それに、リンカ様が変化していることや、ダイダラボッチ神との関係までは教えて頂けなかったのじゃ」


 肝心な所をダイダラボッチ神に、はぐらかされて、早くリンカ様に訊ねたくて仕方なかったガッパ爺である。

 好奇心旺盛なのは知恵者の常である。


「お父様は、わたくしが怒っていると勘違いしているのよ♪」


「お父様……ドン?」


「そうよ♪ わたくしはダイダラボッチの二十二番目の娘なの♪」


「…………」


 その場の全員が固まった。

 ガッパ爺も固まった。

 妖怪達は人々以上に、神様を崇め奉るDNAがある。


「ダイダラボッチは創世の神ゲロ! じゃあ……あなた様も神様……」


 椅子から飛び降りると、床にひれ伏しそうになる五郎を、リンカ様は手を差し伸べて制止した。


「河童さん♪ そんなに気を使わないで……」


 優しく微笑む姿はまさに女神と言ってよい優雅さだ。


「でも……や、山を食べたから……“とじこめタンス”に入れられて、いた、いたんじゃない、のん……ですか?」


 泰平がしどろもどろで尋ねた。


「ごめんなさい♪ それは全部~嘘よ……わたくしを置き去りにした、お父様を困らせる為に“妖怪ハンター課”に嘘の情報を流させたの♪ それが、みんなもだますことになってしまって……本当に、ごめんなさいね♪」


 むさくるしい猛者集団の“妖怪ハンター課”は、リンカ様を護る任務も兼ねていた。 だからリンカ様の正体を知っていてもしかるべきだが。

 まぁ、そうでなくても――神で妖艶なリンカ様に逆らえるはずもなかった。

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