第37話 パク珍アロマ

 自称料理自慢の雪ん娘がテーブルセッティングにかかっている頃、ガッパマネキンを操るガッパ爺は、トレーラーに備えている薬箱から“パク珍アロマ”を取り出すと、目を覚まさない半魚人の鼻先でビンのふたを開けた。


 涙と鼻水とヨダレが一気にあふれ出るような激臭をまとった一匹のカメムシがモゾモゾと出てくると、半魚人の鼻の穴に入って行った。


「ブッハ! ブッハ! グワッ……ゲホゲホ~」


 涙と鼻水とヨダレを一緒くたに、垂らしながら半魚人の半魚ッチが飛び起きた。


「何ダッチ~! 苦シイ~死ニソウダッチ~!」


 陸に上げられた魚のように跳ねまくっている。


「わはは~♪ 目が覚めたかの~半魚人君?」


“パク珍アロマ”が予想以上の効果だった事に大爆笑しているガッパ爺である。

 こういったシャレにならないシャレを平気でするじい様だ。


「アナタハ誰ッチ~? ココハドコッチ~?」


 半魚人の半泣きの声が辺りに響いた。


「半魚ッチ~~! 目が覚めたゲロね~」


 その声に気づいた泰平と五郎がトレーラーから飛び出してきた。


「アッ~~~! 五郎サン~!」


 感動に再会になるはずだが、半魚ッチは半身を起こすと、ふらついて立ち上げれない足で、この場から逃げだそうとあがいている。


「どうしたゲロ? 半魚ッチ……何をあわてているゲロ?」


「ゴメンッチ……ゴメンッチ五郎サン~~!」


「なんで謝るゲロ? まさか! ……池の惨状を何か知ってるゲロか?」  


 その声を聞いて逃げるのを諦めた半魚ッチ。

 その場に座り込むと泣き出した。


「ゴメンッチ……五郎サン! ボク悪いコトシタッチ。デモ……聞イテッチ」


 苦しそうにむせ返りながら、半魚ッチは更に涙声になってきた。


「やっぱり……何か知っているゲロね~」


 五郎は、半魚ッチのうなだれた小さな肩を掴むと前後に大きく揺すった。


「話すゲロ! 半魚ッチ……何をしたゲロ~~!」


「五郎さん! とにかく落ち着きましょう~! 落ち着いて~!」


 泰平は、興奮している五郎をなだめようと手首を握った。五郎の水かきがかすかに震えていた。


「ほら……五郎さん! 半魚人さん……なんか、話したそうですよ」


「その通りじゃ河童君……とにかく話を聞いてやろう。ワシには、その半魚人が悪いことをしでかすとは思えんのじゃ」


「……ゲロ……」


 ガッパ爺の言葉に、少し気持ちが落ち着き始めた河童の五郎。

 二回、三回とうなづくと、ゆっくりと一歩後ろに下がった。


「分かったゲロ……泰平くんの言うとおり……話を聞くゲロ……」


 その時、背筋にゾクッとする悪寒を感じた泰平。


「……何が?……」


 ゆっくりと振り返った。

 そこには、体中に白い冷気の霧を帯びながら、腰に手をあてて仁王立ちをしている雪ん娘の姿があった。


「あんたら~~! 私に晩ごはんを作らせといて、何を盛り上がっていんのよ~!凍ったごはんを食べさせるわよ!」


 雪ん娘は、自分ひとり除け者にされて怒っているようだ。

 一応半魚人に対する怒りは収まっている。


「……ごめん~雪ちゃん。もう解決したから……サア~♪ ごはんを食べましょう。五郎さんも、ガッパ爺も、半魚人さんも行きましょう~♪ 食べましょう~」


 これ以上雪ん娘を怒らせると本当に凍った料理を食べさせられると、身をもって体験している泰平は、みんなをダイニングにうながした。


「そうだ……“喰い喰いペリカン”……リンカさんだっけ? その食事も一緒に作ったんだけど、私たちと同じもので良かったの?」


 トレーラーの傍に立って、こっちを眺めている“喰い喰いペリカン”を指さしながらガッパ爺に訊ねた。


「そうじゃ……どうされますリンカ様? そろそろ正体をあかして、ワシらと一緒に食事をしませんかの?」


 ガッパ爺は“喰い喰いペリカン”に意味ありげな言葉を投げかけた。


「……リンカさんの正体? 何ゲロか?」


「え? ……何?」驚き続きの泰平である。


「そうね♪ そうしようかしら♪」


 “喰い喰いペリカン”が高級車のように、スッ~と音もなく皆の傍に近づいた。

 その優雅さに、一瞬誰もが息を飲んだ。


「さすがガッパ爺様ね♪ よく私の事を知っていたこと♪」


 およそ、その容姿からは想像のつかない、美しい透きとおるような声が泰平の耳の奥をくすぐった。

 なんとも――心地よい音色となって。

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