第36話 あやかし電子レンジ

 真っ先に、荷台から飛び降りた雪ん娘とガッパ爺。


「泰平と、河童くんは“イザナギの勾玉まがたま”を“とじこめタンス”に封印するのじゃ」


「はいゲロ~♪」五郎は嬉しくてたまらない。


「念のため、引き出しに仕舞ってある“浄化風呂敷じょうかふろしき”で勾玉をくるんでから……タンスを妖怪ベルトで縛っておくのじゃぞ~」


「“浄化風呂敷じょうかふろしき”なんて使うの初めてだ……この布だよね?」

 

 泰平は、“とじこめタンス”の引き出しから緑色の布を取り出すと、ヒラヒラと振った。


「こりゃ~! 千年は使っている代物なんじゃから、大切に扱わんか~!」


 日本古代神の力が宿る神具を封印と浄化をするのだ。

 生半可なパワーで太刀打ちできない事をガッパ爺は百も承知していた。


「少なくとも一カ月は封印せんと……前の環境が残ってしまうからの~」


「一カ月もかかるゲロ? そんなに……ゲロ!」


 今更に神具の力に驚く五郎だった。

 泰平は、五郎の腕を取って自分の横に引き寄せると、タンスの横についているダイヤルを指さしながら言った。


「大丈夫だよ五郎さん。“とじこめタンス”には“時のダイヤル”が付いてるから……このダイヤルを一カ月に合わせると、僕らには一晩でも中では、中では一カ月の時間がたつんだよ」


「便利ゲロね~!」


「妖怪はガッパ爺みたいに頑固で長生きだから……ちょっとやそっとでは反省しないんですよね~」


 泰平が五郎に、こっそり耳打ちをした。


「タンスを縛ったらトレーラーの一番奥にしまうのじゃ……くれぐれも倒したり衝撃を与えたりするんじゃないぞ」


「そんなこと言ったって……このタンス重いんだよな~」


「それと……トレーラーのドアを開けとくようにな!」


「ドアを……開けとくの? なんで?」


「神の息吹を感じさせるためじゃ」


「……また……それ?」


「雪ん娘や。トレーラーの中の“ガッパマネキン”にワシを羽織らせてくれんかの~」


 何か言いたそうな泰平を尻目にガッパ爺が雪ん娘に話しかけた。


 ガッパマネキンはガッパ爺の妖力で動かすことができる操り人形である。

 開発部にガッパ爺のファンが居るから、いろんな人型マネキンを造らせては羽織らせている。


「今回はどんなマネキンを作らせたの? 先月の織田信長はセンターの“歴女”のみんなが大喜びだったわよ♪」


「そうじゃろ~♪ そうじゃろ~て♪」


「……織田信長だといっても、雨合羽あまがっぱを羽織ったら戦国武将に見えないって……」


 二人の会話を耳に挟んだ泰平がボソッと呟いた。


「泰平~! なんか言ったか?」


 最近耳が少し遠くなってきたガッパ爺。


「泰平は知らないでしょうけど……センターの歴女はほとんど織田信長より年上だから……顔を見たら誰か分かるのよ♪」


 雪女は、猛吹雪の中でも旅人の声を聞き取れる聴力を持っている。


「それじゃ、歴史話じゃなくて思い出話しに花が咲いたってことじゃないか……」


「泰平~! グチグチ言ってないで早くタンスを仕舞っちゃってよ。マネキンが出せないでしょ~」


 雪ん娘に叱られた泰平。五郎に笑われながらタンスを奥に運んで行った。


「雪ん娘や~♪ 今回のガッパマネキンは最も古く“小野妹子”にしたのじゃぞ。渋いじゃろ?」


「そこまで古いと、みんな知らないわよ♪ だいいち、小野妹子ファンの歴女なんて……いるの?」

 

 雪ん娘といると、ガッパ爺はとても楽しそうだ。泰平は完全に無視されている。


「雪ちゃん~♪ もうマネキン取り出せるよ~」


 トレーラーの奥から泰平の声が聞こえた。


 引っ張り出してきた“小野妹子マネキン”に自分を羽織らせたガッパ爺は、関節の動きを確かめるように屈伸運動をしながら、横で見ている雪ん娘に話しかけた。


「ワシは半魚人の目を覚ませてくるから、雪ん娘はみんなの晩ごはんを作ってやってくれんかの。みんな腹が減っているじゃろう……」


「その事なら、任せといて♪ 半魚人は気に入らなかったけど……あの姿を見たらもう怒る気も無くなったわ」


「そうか、そうか♪ 明日に備えて豪華な料理を頼むぞ~」


 雪ん娘はトレーラーの壁に取り付けられている五十センチ四方の大きさの箱型妖怪アイテム“台所おかん”を外に持ち出すと、鼻歌交じりに上部の白いボタンを押した。


 パタパタパタッ~! パタパタパタッ~!


 日めくりカレンダーのように“台所おかん”の壁が一枚一枚とめくれて広がっていき、瞬く間に豪華なシステムキッチンと、ダイニングが出来上がった。


「ウ~ン♪ いつ見ても、素敵なキッチンだこと♪ 雪ちゃんこのアイテム大好き~~♪」


 キッチンに立つのが好きな女性は良い奥さんなると、母である雪女にいつも言われていたようだ。

「後は料理ね……よし! 今日はロシア料理にしようかな♪ ロシア料理の“わくわく辞典”は確かこの棚に……」


 キッチンの棚に並ぶ料理の本から“ロシア料理全集”を見つけるとパラパラとめくり始めた。

 しばらく眺めているとロシアの代表的家庭料理〈ビーフストロガノフ〉の写真が中央に載ったページに目が止まった。


「美味しそうじゃない~♪ ボリュームもあるし……これにしよう~♪」


 雪ん娘は料理を決めると、そのページの切取線にそって破って写真を切り離した。


「ん~~♪ どこから見ても追いしそう~♪」


 〈ビーフストロガノフ〉の写真をヒラヒラさせながらキッチンの中央部分に取り付けられている“あやかし電子レンジ”のドアを開けると、写真を丸めて中に放り込んだ。

 そして、タイマーを三十分、人数を六人分にセットするとポンポン♪ 祈るように手を合わせ、スイッチを押した。


「さてと……料理はこれで大丈夫♪ 後はお皿とパン……あ! ワインも用意しちゃいましょ~♪」


 あやかし引越しセンターの妖怪アイテムの中で、従業員の好評度ランキング堂々の一位に輝く“あやかし電子レンジ”である。

 妖怪たちは深い山奥に住んでいる者が多く、引越しの依頼が入った場合は棲家にたどり着くだけで、何日もかかる場合が多々ある。

 其の際、こんなに便利でありがたい道具はない。

 料理のページを切り取って入れるだけで、あとは時間と人数を入力すると出来立てのホカホカ料理が直ぐにできるのだから。

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