第34話 変態能力

「お~! なんじゃ~なんじゃ?」


「キャッ! 何これ……どういうこと?」


「これはまた……凄いな~! どんな仕掛けなんだろう?」


 三者三様で、半魚ッチと五郎を交互に覗き込みながら驚きの声をあげた。


 五郎が脇の下を指で強く押さえる度に、横腹にある“えら”の様な穴から大量の水が吹き出している。

 そして、あのたくましかった半魚人の体が、みるみる小さく縮んで丸くなっていった。


「まじっすか~~! こうなるのか~!」


 泰平の驚嘆は止まらない。


「半魚ッチの特技の一つゲロ……脇腹のエラから水を吸い込んで体を大きくするゲロ」


「まるでゴム風船のようじゃな~」


 ガッパ爺も、半魚人の変態は初めて見るらしい。


「で……こうして体から全部水を出すと……ほら……こうなるゲロ」


 五分間ほどかけて半魚ッチの擬態水を全部出しきった。

 そこには身長百五十センチくらいのコロコロした、小太り体型の可愛い半魚人が横たわっていた。

 あの鋭かった爪は丸くなり、牙も普通の歯に変わっている。


「あら~あら♪ ずいぶん小さく可愛いくなっちゃたわね~♪」


 雪ん娘は、さっきまでの怒りは何処へやら“どこかの非公認ゆるキャラ”のようになった半魚人を見て、コロコロと笑い転げている。

 今や絶滅の危機にひんすることわざだが「箸が転んでも可笑しい~♪」年頃の女子中学生である。


「確かに……これが、あの凶暴そうな半魚人と一緒とは……とても思えんのう」


 ガッパ爺もその変態能力に感心している。


「でも、凄い腕力だったんだろ? 雪ちゃんを抑え込んだくらいだから……」


 この小さな体で雪ちゃんを押さえつけるパワーがあるのか? と、疑問が浮かんだ泰平だった。


「半魚人も河童と一緒で、水の力を借りると力持ちになるゲロ。ただ半魚ッチは体が小さいから……その力は数十秒しか保てないゲロね」


「じゃあ……雪ちゃんの胸を爪で刺そうとしたのは?」


 やはり、そこに引っかかる泰平である。

 ちょうど雪ん娘も同じ質問をしようとしていたのか、あごが上がって口が開きかけていた。


「半魚ッチは、そんな事は絶対にしないゲロ! それに刺そうとしても無理ゲロ……」


「無理って……?」


「凶暴そうな爪に見えても……水でふくらました風船といっしょゲロ。プニョプニョした爪ゲロ。この爪でも分かるから触ってみるゲロ」


 五郎に言われるままに泰平は、半魚ッチの横にしゃがむと爪を触ってみた。

 小さく縮んだ爪は柔らかい猫の肉球のようだった。

 確かに、これに水が入ったところで武器には到底なりそうもない。


「成る程~柔らかい……じゃあ、雪ちゃんを刺そうとしたは……威嚇?」


「……おそらく、雪ん娘さんの……オッパイを触ろうとしたんじゃないかと思うゲロ! 半魚ッチはスケベ……ゲロ」


 首を振りながら、両手を広げて五郎が言った。


「何ですって~~~! 今、何て言った~~~!」


 それを聞いた雪ん娘――半魚ッチの頭に蹴りを入れそうになった。

 ガッパ爺がそれをギリギリの所でくい止めた。

 頭を蹴られそうになるのは、これで二回目の半魚ッチである。


「またんか~雪ん娘! たとえ話じゃ……たとえ話! 真実は本人に聞かないなと分からんのじゃから……とにかく落ち着け~!」


「五郎さん! 雪ちゃんの感情を逆なでないでくださいよ~!」


 泰平も雪ん娘を止めようとして、踏みとどまったところだった。

 今、雪ん娘にれたら「殺されかねない」と――本気で思ったからだ。


「ごめんなさい! つい本音が漏れてしまったゲロ~!」


 妖怪とは基本的に心が純粋なのである。

 特に河童は、日本の妖怪の中でもトップクラスの素直な性格である。

 本音を漏らすなんて日常茶飯事といえる。


「……今度、そんなことしたら容赦なく凍らせるからね! 目が覚めたら……その事を、よぉ~~く言って聞かせなさいよ!」


 雪ん娘の怒りに火が着いてしまった。

 雪ん娘には、まだしばらくガッパ爺を着せたままにしておく方が良い――と、泰平は思った。

 どうやらガッパ爺も同じ考えらしい。気持ち悪いウインクを返してきた。

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