第33話 LLサイズ荷車

 輪入道の車輪にくすぶる青白い炎に照らされて、ガッパ爺の顔が浮かび上がった。その周りを、各々が決意を胸に取り囲んでいる。


「みんな……それぞれに聞きたい事があるじゃろうが、今は“イザナギの勾玉まがたま”を“とじこめタンス”に封印する事……それを最優先に考えてくれ」


「当然さ! 日本を護る戦い……頑張ろうね雪ちゃん!」


「当たり前でしょ♪ その為に私は呼ばれんだからね。この国を護るのよ~♪」


「こりゃ~! ワニやピラニアも生き物なんじゃから……戦いじゃなくて、本来住む場所に引越しをさせるんじゃ……間違うな!」


 盛り上がる若者達にくぎを刺したガッパ爺である。


「泰平……お前、今日はチョット過激ドンな? ワシらは“あやかし引越しセンター”の社員である事を忘れちゃならドン」


 引っ越しセンター荷車担当は古参社員が多く、その中でも輪入道は主任としての自覚を忘れなかった。


「でも……泰平くんと雪ん娘さんの気持ちはありがたいゲロ……本当にうれしいゲロ。グスン……」


 涙もろい河童も参加した。


「とにかく、頑張りすぎて出しゃばり過ぎない様に! 今回の作戦はチームワークが大切じゃからな」


 ガッパ爺が皆を今一度、いましめた。長老の言葉は重みがある。

 皆、一応に神妙な顔をすると、深くうなずいた。


「それでは……まず、輪入道!」


「何でも言ってドン~!」


「今から……丘に戻って、妖怪トレーラー中に積んである“折りたたみ荷車のLLサイズ”を引っ張ってきてくれ」


「LL荷車? 何を乗せるドン?」


「全員一旦、丘に帰るんじゃ。その為には、その半魚人も連れて行かないかんじゃろ」


「えっ♪ 私たちも荷台に乗れるのね? ラッキ~♪」

 

 池に着いたとき、鬱蒼うっそうと生い茂る熱帯植物を、輪入道の背中越しに見下ろした雪ん娘は、あの中に入るのだけは勘弁して! と思っていたらしい。


「はい!」


「なんじゃ……泰平?」


「全員帰るって……時間の無駄じゃない? それより……“とじこめタンス”をここに持ってきて封印した方が、手っ取り早くない?」


 泰平が手を挙げ発言した。こういう律儀な行動をガッパ爺が嫌いでないことを知っていた。


「いい質問じゃ……しかし相手は“イザナギの勾玉まがたま”……神具じゃからの。“とじこめタンス”であろうと封印をするには、神の息吹を感じさせる事が必要なんじゃ」


「神の息吹? なんだいそれ……」


「まぁまぁ~泰平くん。ガッパ爺様の考えてることは、僕らには全部理解できないゲロよ。黙って指示に従うゲロ」


「河童の言うとおりドン。すぐに荷車ひいて戻ってくるから待ってドン……その間、月明かりでは暗いから……これを持ってろドン」


 輪入道は、木で出来ている車輪のスポークを一本外して泰平に渡した。

 そして、スポークの先に向けて軽く火を吐くとスポークの先が燃え始めた。


「これは助かります♪ さすが輪入道さん。顔に似合わず気がききますね」


「顔だけは余分じゃドン~」


 笑いながら上昇した輪入道は、丘に向かって飛んで行った。


 輪入道を見送った泰平は、気を失っている半魚人と、介抱している河童の五郎に炎をかざした。


「これが半魚人なんだ……外国の妖怪は初めて見たよ」


 心配そうな五郎の表情がクッキリと浮かび上がった。


「アマゾン川で有名な半魚人ゲロ……でも、半魚ッチは、大半を日本で育った半魚人……可哀想な奴ゲロ」


 気絶している半魚人の頭を撫でながら河童の五郎が言った。

 その優しい手つきを見ても強い友情で結ばれているのが分かる。


「……なんか事情がありそうね。しかし大きいわね~! 三メートルはあるかしら?」


 雪ん娘が感心する横で、泰平も目測で半魚人の大きさを計っていた。

 輪入道が持ってくるLLサイズ荷車に全員が乗れるかどうかを計算している。  荷台に荷物が全部収まるかどうかを判断するのも引越しセンターでの大事な業務なのである。


「LLサイズ荷車は七人乗り……半魚人の足を荷台から外に出せば……大丈夫。ぎりぎり乗れるよ」


「こいつで荷台が狭くなるのは嫌よ! ロープで縛って引きずって行けばいいじゃない」


「またぁ~! 五郎さんの幼馴染なんだから、もう許してあげなよ」


「雪ん娘の怒りも分からんでないが……なにせ、その半魚人に押さえ付けられ……胸を刺されそうになったからの」


「胸を~~! 雪ちゃんの胸を刺そうとしたのか~~!」


 それまで半魚人には、優しい感情で興味を持っていた泰平だが、ガッパ爺の一言で戦闘モードのスイッチが入ってしまった。


「これでもくらえ~~!」


「ちょっ! ちょっと! ダメ~~!」


 半魚人を蹴り上げようとする泰平を寸前の所で止めたのは雪ん娘である。


「あんたね~! 普段は温厚そうな顔していて、いきなり狂暴になるんじゃないわよ~!」


「でも……こいつが、雪ちゃんの胸を……胸を……」


「胸、胸……言ってんじゃないわよ! いやらしい……スケベ! バカ泰平~」


「それは……誤解だよ。俺は、雪ちゃんの胸を守ろうと……」


 夫婦漫才のようである。


「泰平も落ち着け! 確かに殺されかけたが……ほれ、このとおり元気なんじゃから……」


 ガッパ爺も、今回の件ではちょっとだけ雪ん娘に引け目を感じている。


「そうだったゲロね……半魚ッチが雪ん娘さんにそんな事を……ごめんゲロ。こいつに代わってお詫びするゲロ」


 半魚ッチの頭を抱えたまま、何度も頭を下げる河童の五郎。


「もう、いいわよ~! 今は、怒らないって約束したもん……ねぇ~ガッパ爺……今は、一応ね」


 雪ん娘の髪が、少しだけ逆立ってくるのに気づいた泰平は、自分の怒りを忘れて二歩、三歩後ずさりをした。


「し、しかし……その巨体を運ぶのは、力自慢の五郎さんと二人では大変そうだな~♪ ねぇ~雪ちゃん♪」


 泰平は、満面の笑みで雪ん娘を見た。

 雪ん娘は、知らんふりで横を向いている。

 知性派を自負するガッパ爺と、力仕事の時はかよわい女性に戻る雪ん娘は期待できそうにない。


「その事なら大丈夫ゲロ……ちょっと見ていてゲロね」


 そう言いながら河童の五郎は、両手の親指を立てると、横たわっている半魚人の両脇の下を――指圧でもするように、グイグイと押し始めた。

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