第32話 妖冷鬼

「ちょっと、ちょっと待つゲロ……待ってゲロ! 雪ん娘さん!」


 ただならぬ雪ん娘の妖気に驚いた河童の五郎は、あわてて気絶している半魚人におおいかぶさった。


「どきなさい~! こいつのせいで泰平は眠ったまま……起きてこないのよ~!」


 半魚人のせいで泰平が昏睡しているかどうかは分かっていないのだが、雪ん娘にしてみれば怒りの矛先はやはり、あの時の半魚人に向けられても仕方なかった。

 まだまだ、自分の感情を抑える事ができない、まだまだ、多感な女子中学生なのだ。


「待つのじゃ~雪ん娘! 何か事情がありそうじゃないか!」


 ガッパ爺は、自分の両袖りょうそでと一緒に雪ん娘の両腕をグィッ! 真上に押し上げると、そのまま動けないように固定した。


 指先から放たれた“妖冷鬼”は夜空に打ち上げられた。


バパ~ン~!


 “妖冷鬼”は花火のように破裂すると、半透明の氷の塊――ひょうが放射線状に拡散しながら“おたのし池”に降り注いだ。恐ろしい威力である。

 雪ん娘はまだ暴れている。

 気に入らない旅人を凍らせてしまう雪女の気性の荒さを引き継いでいる。


「話を聞いて欲しいゲロ~! コイツは……半魚ッチは、僕の幼馴染ゲロ。決して悪いことなんか出来ない気の小さい優しい妖怪ゲロ~~」


 必死で説得する五郎の両目から涙が零れ落ちた。


「ハァ~~~!」


 それを見た雪ん娘は、長~く息を吐くと肩から徐々に力を抜いた。

 少し気持ちが落ちついたようだ。


「分かったわ……話を聞くから……ガッパ爺……私を自由にして」


「ほんとゲロ? 話を聞いてくれるゲロ?」


「だから~~もう怒らないから離してよ。内容次第では、今度は凍らせるけどね」


 感情豊かな雪ん娘にはいつも振り回されているガッパ爺も、胸をなでおろしながら両袖の力を抜いた。


「まったくもう~~! 年寄りのくせに力が強いんだから」


 最初に半魚人につかまれ、更にガッパ爺に締めつけられた両方の手首は結構赤くなっている。

 雪ん娘は、口から冷気を手首に吹きかけると、交互にさすりながら岸辺の草むらに座った。


「雪ん娘!……お前は、もう少し“おしとやか”さを身に着けんとな」


 ガッパ爺にたしなまれた雪ん娘は、「だって~」と言いたげに、口を尖らせてソッポを向いた。


「河童くん……早速じゃが、その半魚人の事を話してもらおうか……っと、その前にどうやら目覚めたようじゃの」


「エッ♪ 泰平……」


 雪ん娘が振り向くと、首のあたりをさすりながら、バツが悪そうに岩山の方から泰平が歩いてきている。


「大丈夫なの? 怪我はない? 痛いところはないの?」


 雪ん娘は泰平のそばに駆け寄ると、心配そうに確かめている。


「え! なに……怪我?」

 

 どうして草むらで寝ていたのか分からないけど、目が覚めてみると急に優しくなっている雪ん娘に戸惑った。


「雪ちゃんこそ大丈夫だった? あの黒い影に襲われそうになったところまでは記憶があるんだけど……その後……」


 嬉しいやら、恥ずかしいやらで雪ん娘の顔を直視できない泰平は顔を逸らしながら言った。


(雪ん娘をずっと見つめる勇気ができてきたら、少しは成長するんじゃがのぉ)

 お節介なガッパ爺が、そんな事を考えながらほくそ笑んでいる。


「でも……ごめん……助けに行けなくて」


「な、何を偉そうに~! 私を助けるなんて百万年早いわよ。弱虫のくせに♪」


 もう憎まれ口を叩いている雪ん娘。複雑な女心である。

 いつもの二人の関係に戻ったようだ。


 嬉しそうに二人を眺めていた五郎に気づいた泰平。


「あ! 五郎さん……お帰りなさい。勾玉を持って来れたんだね」


 駆け寄ろうと二、三歩進んだがピタッと足が止まった。

 河童の五郎の後ろに横たわる半魚人の姿が目に入った。


「そいつは?」


「え! あ……こいつ……ゲロね」


 五郎は、半魚人の両脇に腕を差し込むと、ヨイショ! と、半身を起こして泰平達に顔を見せた。


「もしかして、あの黒い影は……その妖怪だったの?」


「そうゲロ……半魚人の“半魚ッチ”……僕の幼馴染ゲロ」


「え? 幼馴染って……知り合いなの? 雪ちゃんを襲った妖怪だよ?」


「本当にごめん! 今も雪ん娘さんに、冷凍にされそうだったゲロ」


「え! まさか……“妖冷鬼”を……雪ちゃん、あれは危ないって~」 


 足元に散らばるひょうに気づいた泰平が、雪ん娘に振り返ってたしなめた。


「だって……私を殺そうとしたのよ~そいつ!」


「いや、いや! 雪ん娘さん……半魚ッチに他人を殺すような妖力は……」


 五郎は、再び半魚人を草むらに横倒しにすると、手を振りながら立ち上った。


「そんな、牙や爪をもった妖怪が非力なんてありえないし~」


 雪ん娘が、五郎に詰め寄ろうとしたとき、泰平の体が急に揺れだし倒れそうになった。その体を五郎が素早く支えた。


「泰平くん……大丈夫ゲロか? え!……体が熱いゲロ」


「心配いらん。今は力が入らんじゃろが、徐々に回復するからのぉ……大丈夫じゃよ」


 ガッパ爺は、泰平がよろめくのを事前に知っていたかのように落ち着いている。


「確かに、両足と右手に力が入らなくて……どうして分かるんだよ?」


 五郎に支えられながら、泰平が他に何か言おうとした時、辺りが急に明るくなった。


「泰平~~! 河童が戻ったら連絡せんか~! 恐ろしい咆哮は聞くは、池の水は切り裂かれるは……怖くなって帰ってきたドン」


 見上げると車輪から炎を吹きながら輪入道が浮かんでいた。

 池の向こう岸から戻って来たのだ。


「すいません……でも……咆哮って……なんですか?」


 キョトンとしている泰平を尻目に、ガッパ爺が輪入道に声をかけた。


「いろいろとあってのぉ~! 説明は後にして“イザナギの勾玉まがたま”は手に入ったから降りてこい~」


「そうか~!うまくいったドンな! さすが河童~よくやったドン」


 輪入道は、青白い炎を、プスップスッ~と小さく絞りながらゆっくりと降りてきた。

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