第31話 半魚ッチ

 その頃――。


 河童の五郎はほこらがある湖底に無事たどり着いた。


「さすがに噂に聞くガッパ爺様の作戦でゲロ……しかし、これはどうした事ゲロ?」


 久しぶりに湖底を見た五郎はその変わり果てた光景に目を見張った。


 岩で組まれた台座は無残に崩れ落ち、その上にまつられていたほこらは、湖底に投げ出され横倒しになっていた。

 しっかりと閉ざされていた観音開きのドアは、片方が引きちぎられ、もう片方は朽ちかけた枝のように、一か所の蝶番ちょうつがいにしがみ付きユラユラと揺れていた。


「いったい……どうして? 神具を護る丈夫なほこらが壊れるなんて……」

 

 ほこらの周りには、熱帯の水生植物が所せましと群生していた。


「そうだゲロ! 勾玉まがたまは……どこゲロ」


 ほこらの中に勾玉は無かった。

 辺りを必死で探す五郎。

 そして、ひときわ色濃く群生する植物の根元をかき分けた時、茶色に変色した“イザナギ勾玉”を見つけた。


「あったゲロ~! これで……池が助かるゲロ……」

 

 勾玉まがたまを拾い上げると、滑り落ちないように、わきのウロコを逆立たせると、しっかりと小脇に抱えると水面に向かって湖底を蹴った。

 喜びを噛みしめる五郎。細かい渦が飛行機雲のように足ヒレから延びていた。


 その時――。


 ドッボーン~~~~!


 頭上から大きな音が響いた。

 驚いて水面を見上げる五郎の目に、黒い大きな影が気泡を撒き散らしながら沈んでくるのが映った。


「あれは……なに? 人間?……いや、もっと大きいゲロ」


 五郎は、勾玉を抱える腕に力を込めると、ゆっくり近づいた。

 ユラユラと沈んでいく、その黒い影はまったく動かない。


「人……いや、妖怪……え! まさか……半魚人ゲロ?」


 見覚えのある、その姿に一瞬息を飲んだ。


「間違いない半魚人ゲロ!……あれ? まさか……半魚ッチじゃないゲロか?」


 目の前を通り過ぎ、なおも沈んでいく姿を確かめた。

 それは、まさに――五郎の幼馴染である半魚人の“半魚ッチ”だった。


「なんで半魚ッチがここに? 河童村にいるはずじゃ?」


 困惑する頭を整理しようと水面を見上げた五郎は、夜空に煌々と照る満月に気づいた。


「吹雪が止んでる? ヤバいゲロ! ココを一刻も早く離れないとワニ達がやって来るゲロ!」


 空いている手で半魚人の腕をつかむと、ガッパ爺たちが待つ岸辺へと向かった。


「しかし、何があったゲロ? 半魚ッチの“巨漢バージョン”が、こんなになるなんて……どんな敵にやられたゲロ?」


 五郎は周辺の気配と、半魚人の姿を交互に確かめながら急いだ。

 しかし、ピラニアの魚影どころか、尾ヒレで水を切る音すら遠く聞こえて来なかった。

 しばらくすると、ガッパ爺たちが待つ岸部が見えてきた。


「ただいま~♪ ガッパ爺様の作戦は完璧ゲロよ! 勾玉まがたまも、これこのとおりゲットしたゲロ~~♪」


 五郎は、無事に任務を達成した喜びから満面の笑顔で水面から顔を出すと、右手に持った“イザナギの勾玉まがたま”を大きく持ち上げると軽く振ってみせた。


「よう戻った~! ご苦労じゃったのう」


「お疲れさま~♪ こっちもイロイロあったけどね。早く上がってきて♪」


「これで、おたのし池はみんなが住む池に戻るゲロね?」


「まだやることは山ほどあるが……その勾玉まがたまさえ封印できれば、成功したも同然じゃ! ほら、早くあがってこい」


 ガッパ爺も一応にホットしている。


「そうだ! 途中で友達を助けたゲロ。空から池に落ちてきた……いや、降ってきたみたいゲロ」


 五郎はそう言いながら、勾玉を岸辺に置くと、左手につかんでいた半魚人を「ヨイショッ!」かけ声と共に水中から岸辺に引き上げた。


「キャッ! こいつは……さっきの半魚人じゃないの~~!」


 いきなり目の前に現れた半魚人に驚いた雪ん娘は数歩後ずさりした。

 しかし、直ぐに立ち止まると、グッと睨み返して、右手の人差し指を半魚人に向けた。


「この野郎~! 凍ってしまえ~~~!」


 雪ん娘の黒い長い髪の毛は、雪女の様に白く染まり逆立った。

 伸ばした指先には、雪の結晶が渦を巻いて集まりはじめている。

 全て凍らす雪女の最高妖術“妖冷鬼”が吹き出す寸前だ。

 

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