第29話 半魚人

「キャア~! 何をするの~離しなさいよ~!」


 その影は、天に向けている雪ん娘の両手を、むんずとつかむと、そのまま地面に押し倒して馬乗りになった。


「おのれは何者じゃ~! 雪ん娘から離れないか~!」


 ガッパ爺も不意を突かれてしまい、危険を察知するのが遅れてしまった。

 雪ん娘は、すさまじく強い力で地面に押さえつけられて、まったく身動き取れない。


「だめ~! 全然動けない……どきなさい! いい加減にしないと、ただじゃおかないわよ~~」


 威嚇もむなしく、黒い影はつかんだ両手をまったくゆるめなかった。

  

 手の自由がきかなければ雪女の妖力は使えない。

 さっきまで吹き荒れていた雪はすっかり止んでしまった。

 その上、空を覆っていた雪雲も徐々に薄れて、雲の隙間からいつの間にか昇った満月の淡い光が地上を照らし始めた。

 同時に、黒い影の五体も、ボンヤリと浮かび上がってきた。


「お主は……お主は? ……まさか!」

 

 ガッパ爺は目を見張った――。


 雪ん娘をつかんで離さない太い手には“水かき”があった。

 そして、指先には、全てを引き裂いてしまいそうな鋭い爪が、月の光を浴びて白く鈍く輝いている。

 身長は二メートルをゆうに超え、その頑丈そうな体には無数のウロコが、これまた月の光を浴びて青白くキラキラと輝いていた。


「お主……“半魚人はんぎょじん”じゃな~!」


 ガッパ爺が威嚇するように言い放った。


「…………」


 半魚人は、真っ赤に充血した目でガッパ爺を睨むと、ニヤリと不適に笑った。

 耳まで裂けた口から二本の鋭い牙がむき出しになった。


 半魚人はアマゾン川に生息し、背中から腰に掛けて鋭く尖ったヒレと、河童のように水かきがある。

 頭部は魚とそっくりだか、全身を固いウロコでおおわれた人型の妖怪である。

 

「外国の妖怪である半魚人が何故ここにおる? この娘から離れんか~!」


 雪ん娘は倒された時に頭を打ったのだろうか、体の力がだんだんと抜けていく。


「ウルサイ……ダマレ! コノ池ハ私ノモノダ~!」


 半魚人は、右手を大きく空に伸ばすと、爪を鋭利に立て、雪ん娘の胸をめがけて勢いよく振り下ろそうとした。


 グッオォォォ~~~! グッガオォォォ~~~!


 突然、天を切り裂き、大地を引き裂くような雄叫びが響き渡った。

 その衝撃は“おたのし森”全体を大きく揺らした。

 驚いた鳥達は一斉に飛び立ち――月の光を背景に黒い塊となりざわめいた。

 森の動物達はもちろん、精霊である木霊ですら瞬時に身を構え――動けなくなった。


 次の瞬間――。


 ブッシュッッ~!

 

 空気を切り裂くような鋭い音が響き、おたのし池を真ん中から、真っ二つに引き裂くような亀裂が水面を走った。


「何がおきたのじゃ? 半魚人は? 奴は、どこに行った~~!」


 ガッパ爺が叫んだ。

 半魚人の姿が雪ん娘の上から瞬間で消えた。


 ドッポ~~ン!


 数秒後――池の真ん中あたり――湖底にまつられているほこらの真上で、数メートルはあるだろうか、大きな水柱が上がった。

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