第28話 黒い影

「輪入道さんから、炎が上がったよ~!」


 岩山の頂上に着いた泰平から連絡が入った。


「ピラニアたちは集まって来てるか?」


「うん……魚影が濃くなってきている」


「オッケ~! 最大級の吹雪をおこすわよ! 泰平~~! しっかりと岩にしがみついてないと吹き飛ばされるわよ~」


 雪ん娘が両手を空に向けて大きく伸ばすと、その長い黒髪も一緒に逆立った。

 同時に“ゴオッッー”という音と共に、肌を刺す、凍てつくよう風雪が池の中心から渦を巻いて立ち昇り、吹き荒れながら放射線に広がっていった。

 みるみるうちに泰平の両肩には雪が積もり、池の岸辺には氷が張り出した。


「ワニが……輪入道さんの炎を目指して移動を始めたよ~」


 泰平が吹雪で飛ばされそうになりながらも、片手で岩山の突起した場所にしがみつき連絡をしてきた。


「よし! 河童くん! 今じゃ~頑張ってこい!」


「行ってきますゲロ~~!」


 河童の五郎は、静かに湖底へと潜って行った。

 見渡す限り、ワニもピラニアの姿も確認できない。


「よし! 大丈夫ゲロ~」


 五郎は、足ヒレをめいっぱい広げると力強く水を蹴った。

 そして一気に――水中深く潜っていった。

 湖底に近づいてもピラニアたちの姿は見あたらない。

 輪入道の炎に引きつけられているようだ。


(行ける……泰平くん! ガッパ爺……ありがとう!)

 有難さを噛みしめながらほこらに向かってグングン加速していった。


「雪ん娘や~~河童くんが帰って来るまで……もう少しの辛抱じゃぞ」


「任かせて♪ ガッパ爺を着ているとメッチャ温かいからパワーは全開よ。これからは私とコンビ組まない?」

 生意気な口をきく余裕が出てきた。


 岩の上から雪ん娘の安否を気にしていた泰平が――ある異変に気づいた。

 雪ん娘たちの直ぐ傍の水面に小さな渦が出現した。

 それはみるみるうちに大きな渦巻となっていった。


「何かおかしいぞ! ガッパ爺~! 雪ちゃん~!」


 泰平は、二人に向かって大声で叫んだ。しかし、その声は吹雪に掻き消された。


「スマホは……妖怪スマホで……」


 凍えた指先では、画面の操作が上手くできない。


 その時――! 

 渦の中心から水しぶきを巻き上げて大きな黒い影が勢いよく飛び出してきた。

 その影は二歩、三歩と水面を跳ねると、アッ! という間に、雪ん娘の前に立ちはがった。


「なんだ! あの速さは……雪ちゃん~~~」

 

 泰平はどうする事も出来ず、息をのんで見守るしかなかった。


「誰よ? あんたは~~!」雪ん娘の叫び声も吹雪にき消された。


 その大きな影は、獲物を狙うオオカミのごとく雪ん娘に襲いかかった。

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