第23話 とじこめタンス

 しばらくすると泰平は満面の笑みを浮かべながら帰ってきた。


「雪ちゃんも頑張って池を取り戻す手伝いをするそうです。僕らに任せてください!」


 渋い顔で待っていたガッパ爺に袖を通しながら、親指を立てて五郎に合図を送った。


「それまでに、やる事をやっておくかの。河童くん……こっちに!」


 作戦参謀ガッパ爺の時間である。


「どんな事でもしますゲロ。なんでも言ってゲロ」


「でも……夏とはいえ、雪ちゃんが来る頃には暗くなってるよ」


 泰平が空を見上げた。

 太陽は西の空に傾きかけている。


「構わん。それも、この作戦には大事な要素じゃからな」


 嬉しそうなガッパ爺。

 この作戦に自信があるようだ。


「先ずは“イザナギの勾玉まがたま”を何とかせんといかんのは分かるな?」


「天罰が下ったりしないゲロ?」


 迷信深い河童の五郎である。


「……ワシは、この環境に変えてしまった勾玉まがたまを封印しようと考えとる」


「池の底にまつられている勾玉まがたまパクるんだね」


 人聞きの悪い事を言う泰平だ。


「封印なんかできるゲロか?」


「大丈夫じゃ。こんな事もあらんと、トレーラーに“とじこめタンス”を積んできたからの」


“とじこめタンス”とは、センターの“妖怪ハンター課”が所有している、人や動物に迷惑をかける妖怪を捕えて閉じ込めておく――タンス型の拘束妖具である。

 改心するまで外に出さない為“おしおき妖具”とも呼ばれている。


 中は強い結界を張り巡らしているので、どんなに強い邪念・妖力を持った妖怪でも寂しくなって反省してしまうのだ。

 さすがの“イザナギの勾玉まがたま”でも、一刻の間なら、このタンスでも封印できるだろうと、ガッパ爺は考えたようだ。


 感心しながら聞いていた泰平だったが、ある事に気づいた。


「ガッパ爺! 一つ質問」


「なんじゃ? ワシの至高の時を邪魔するのか?」


 やっぱりこの状況を楽しんでいる気配がある。


「……“とじこめタンス”には、先月北海道の森林を食い荒らした“喰い喰いペリカン”を封印して……まだ改心していないと聞いたけど?」


 喰い喰いペリカンは、木も草も森でさえも、その大きなクチバシの袋の中に根こそぎ取り込んで食べてしまう。体が一メートルから五百メートルまで伸縮自在の黄色い鳥の妖怪だ。

 この国の山や湖沼を造ったという伝説の古代神“ダイダラボッチ”のペットじゃないかと噂されている鳥の大妖である。


「暴れた理由は、ダイダラボッチ様が震災のあった東北の山や湖沼を復活させる為に、単身で行ってしまわれたのが気に入らなかったらしいからの」


「ガッパ爺様は、何でも知っているゲロね~」


 何故かガッパ爺には猛者ぞろいの“妖怪ハンター課”も逆らえない。

 頼まれると大概の情報は流してしまうのだ。


「原因が分かっても……それで、静かになってくれる理由にはならないだろ~」


 喰い喰いペリカンの恐ろしさは噂に聞いている泰平だが、少し興味はあった。

 妖怪より怪獣の方が好きな世代である。


「ワシが……ダイダラボッチ様にスマホでお願いしたのじゃ。説得してくださらんかとな」


 古代神と親しく話せるのは、引越しセンターでもガッパ爺くらいだ。

 妖怪世界全体でも稀有けうな存在である――。


「まさか……そんな事ぐらいで静かになったの?」


 自由気ままな大怪獣をイメージしていた泰平はチョット期待外れだった。


 しかし、その時、古代神の説得を「そのぐらい」で片付けてしまった、泰平の信仰心の薄れを心配するガッパ爺の“しかめっつら”には気づいていなかった。


「あのお方は……元来は、そんな気性じゃないからのぉ~」


「あのお方……?」


「いや……元々が、おとなしい妖怪なのじゃ」


 珍しくガッパ爺の目が泳いでいる。


「それじゃ、今は“とじこめタンス”は空っぽなんだね~」


 トレーラーに飛び込んだ泰平は、タンスの取っ手を握ると、外に運び出そうと気合を入れた。

 早く、片付けて雪ん娘を待ちたいのだ。


「いや! 待て! 泰平~」


 ガッパ爺があわてて泰平を呼び止めた。


「“喰い喰いペリカン”はまだ中にいらっしゃる……」


 ガッパ爺の言葉に、思わず体を固くした泰平。


「入っている? 中に? マジで? なぜ置いてこなかったんだよ~」


 恐る恐るタンスに扉に顔を近づけると、引き戸をちょっとだけ開けた。

 中を覗き込むと、同じように隙間から外を伺う光る眼と――目が合った。


「うわ~っ! 居る~~! 本当に居た~!」


 驚いた泰平は、勢いよくタンスのドアを閉めてしまった。


「こりゃ~! 手伝だって欲しいから来ていただいたのに! 失礼なことするんじゃない~」


 ガッパ爺は、自分を羽織っている泰平ごと、一瞬でトレーラーの外まで放り出した。

 三メートルは飛んだろう。

 年寄りと思えない妖力の覇気に満ちているガッパ爺である。


「びっくりすじゃないか~! 腰を打っただろ~」


「悪いのはお前じゃ~! 手伝だって欲しいから来ていただいたのに、ドアを勢いよく閉めおって!」


「え!……“手伝だって欲しい”“来ていただいた”どうして敬語なんだよ~?」


「説明は後じゃ。とにかく丁重におもてなしをするのじゃ~」


「本当に……出して大丈夫? 暴れて、食い荒らされたら……森自体なくなって……」


 そこまで言うと――泰平はある事に気づいた。


「もしかして……この熱帯植物を食べ貰おう……てんじゃ?」


「気づいたか~! ワシくらいになるとな、話を聞いただけで、おのずと状況と対策は浮かんで来るのじゃ」


「さすが~ガッパ爺様ゲロね~」


 泰平には聞き飽きた、ガッパ爺の自慢も河童の五郎には新鮮に聞こえるらしい。


「まぁ……とにかく……お前たちも敬語を使うように」


 やっぱり、喰い喰いペリカンに気を使うガッパ爺である。

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