第22話 雪ん娘(ゆきんこ)

「輪入道や。何度もすまんが、もう一度引越しセンターに戻って雪んゆきんこを連れて来てくれんかの」


「雪ちゃんを? まさか……危険な事をさせるんじゃ……」


 泰平が、体を折り曲げてガッパ爺に詰め寄った。

 五郎は、泰平に頭を下げられたのかと勘違いして、下げ返してしまった。


 雪んゆきんこは、泰平が初めて引越し全般を任された時、最初のお客様だった雪女の“ひとり娘”である。


 世界規模で広がる温暖化は、雪女が棲む東北の山深い森を飲み込んだ。

 もはや、雪国は彼女達にとって住みやすい環境ではなかった。


「私が生甲斐を感じるような場所と仕事を探してよ♪ 世界は広いでんしょ♪ 」


 狭い枠に収まらない革新的でオープンな雪女だった。

 しかし、真冬でも薄い白生地のシースルー和服に身を包んだセクシーな雪女の前では、中学生の泰平は赤くなってうつむくしかなかった。

 でも、妖怪№1の美女と評判の雪女に頼まれたのだ。男の子泰平は、寝食を忘れて必死で頑張った。

 そして泰平は一週間もかけて雪女の為に“世界モンスター環境団体”が募集している【北極の氷河が溶けるのを防いでくださいの会】を見つけ出した。


 そこは、冷凍能力を持っている妖怪を歓迎してくれた。

 もともと地球環境の保護に興味があった雪女は、直ぐにこの募集に飛びついた。


 しかし――問題が一つ。


 雪女には中学生になるひとり娘の「雪子」がいた。

 雪子は、雪女が離婚した人間の旦那さんとの間に産まれた半分妖怪、半分人間の半妖だった。

 半妖である雪子は雪を降らしたり、凍らせる妖力は母親から受け継いだが、反面父親からは、弱い人間の体を受け継いでいた。

 雪女のように寒さに強くないのだ。

 自分で吹雪をおこせるのに、その寒さで自分が凍えてしまうのだ。

 中途半端な半妖“雪子”である。


 それでも、環境の仕事をあきらめきれない雪女は、泰平に相談をしてきた。

 それは、娘をしばらく“あやかし引越しセンター”で面倒を見て欲しいという内容だった。

 雪女の隣で、色白で可愛い女の子が不安気に泰平を見つめていた。

 少女の視線を気にしつつ、早速ガッパ爺に相談をした。


 と、言うことで! ――現在。


 泰平の実家である天牙神社あまがじんじゃの社務所横にあるプレハブで居候をしている住人が、雪女の半妖“雪子”である。


 更には“あやかし引越しセンター”で事務のアルバイトをしながら、泰平と同じ中学に通うクラスメートでもある。


 彼女の名前は雪子だが、センターの妖怪たちは“雪んゆきんこ”と呼んで、我が娘のように可愛がっている。

(みんな俺には……厳しいくせに!)と、泰平はちょっとヘソを曲げている。

 でも、本当は雪ん娘の事が一番気になって仕方ないのは――泰平だった。


「お前もどっぷり思春期じゃなぁ~!」と、ガッパ爺にいつも茶化されていた。


 そんな人気者の雪ん娘。

 普段は優しいのだが、生き物をいじめている奴を見かけると、怒り心頭――旅人を凍らせてしまう雪女の気性が現れてしまう。


 更に、ガッパ爺に詰め寄る泰平。


「心配するな……雪ん娘には、雪を降らせるだけじゃから」


「心配なんてしてないよ! 僕はただ……」


 耳が赤くなっている。

 まだ、まだ純情な中学生である。

 この純粋さをいじるのがガッパ爺は好きなのだ。

 年寄りはいつの時代も――。


「それでは頼んだぞ! 輪入道」


 ガッパ爺の言葉に、大きくうなずく輪入道。

 車輪から幾筋かの炎を吹き出すと、土ぼこりを巻き上げながら空に浮かんで行った。


「あ! そうだドン~~!」


 何かを思い出したように、泰平に向かい大声で叫んだ。


「泰平~~~! 雪ん娘に、この事を説明しといてくれドン~!」


 口下手な輪入道は説明が苦手なのである。


「わかりました! 直ぐに連絡をします。雪ちゃんは車酔いするから静かに飛んでくださいよ~」


 手を振りながら大声で答えた。


「その雪ん娘さんって……泰平くんの彼女ゲロ?」


こんな状況なのに、妙にウキウキしている泰平の顔をのぞき込みながら五郎が尋ねた。


「違いますよ! クラスメートで、居候いそうろうの女の子です……チョット、電話をしてきます……」


 再び、顔を赤らめた泰平は、いそいそとガッパ爺を脱ぎ捨てた。

 そして、スマホを握ると、トレーラーの裏に駆け込んで行った。


「こりゃ~~! 泰平! ワシを置いて行くんじゃない~~!」

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