第20話 イザナギの勾玉(まがたま)

「よいか~! ワシの想像どおりなら……その石は、妖怪ごときでは何も感じることもできない……遥か天上の力を秘めた~~超のつく代物じゃ!」


 ガッパ爺の解説は芝居がかる傾向がある。

 その事を知っている泰平は輪入道に耳打ちをしようとしたが、輪入道の目はキラキラと輝いていた。

 娯楽の少ない幼少時代を過ごした輪入道である。芝居が嫌いなわけがなかった。


「はるか天上の力? もしかドン~『神具しんぐ』なんて言うのじゃ……」


「そうじゃ~! その石は、この国を造った神様であられる古代神! その力が宿った“イザナギの勾玉まがたま”と呼ばれている“神具”じゃ!」

 ガッパ爺は、更に熱く語りだした。


「そ……そん……そんな凄い石が、僕の池にまつられていたゲロ?」


 河童の五郎も興奮を隠しきれないようだ。


「河童は古代神の気まぐれを知らないドンか? 神とはそんなものドン!」


「神様とは、想いもよらない場所にその痕跡を残されるのじゃ」


「だから……偉大なのドン!」


 人間にとって、神様は“困ったときの神頼み”程度にしか思っていないが、妖怪世界では現実の存在として崇拝しているようだ。


「はい、はい。 それじゃ……その石にはどんなパワーが秘められているんですか?」


 泰平は、魑魅魍魎ちみもうりょう、妖怪のたぐいは、いつも目の当たりにしているから信じられるが、いきなり神だの神具の世界になると素直には納得できないでいた。


「しかし! まさかこんな所に“イザナギの勾玉まがたま”が祀られていようとは……ワシも半信半疑じゃったが……」


 冷静なガッパ爺がこんなに興奮している姿を見るのは初めてである。

 でも、イザナギの勾玉まがたまが凄い神具である事は何となく想像できた。


「そうドン……神様じゃからの神様♪ 神様じゃ♪ ドン~ドン♪」


 神様と聞くと、輪入道は何でも受け入れてしまう。

 神様に憧れているのは知っていたが、ここまで神オタクだったとは――と、一人冷静な泰平だった。


 浮かれる輪入道が静かになるのを待って、ガッパ爺は話を続けた。


「“イザナギの勾玉”には、この国が作られた古来より語り継がれている伝説があるのじゃ……」


「伝説? 北何とかの拳……みたいな?」


「なんじゃそれは? ここでいう伝説とは……“創世の力”じゃ!」


 泰平のボケは、軽くスルーされた。


「創世の力? それってまさか……あっ……ドン!」


 輪入道は「ドン」を忘れそうになるくらい興奮している。


 話がだんだんと大きくなっていく。

 ついて行けるだろうか? と心配になってくる泰平である。


「どんな力か……はやく教えてほしいゲロ!」


勾玉まがたまが持つ“創世の力”とは……」


「……とは」


「……『そこに生きるものが快適に暮らせるように、環境を変えてしまう』……そう! 神の力じゃ」


「環境を……変えてしまうパワーだって?」


 本当に話が大きくなってきている。


「ある場所に温暖な森や海であったとするじゃろ。しかし、そこに冷たい世界を好む生物が増えてくると……そこを『氷の世界』に変えてしまうのじゃ!」


「…………」


「また、深海を好む生物が多くなると『深海の世界』に……砂漠に適応している生物が多くなれば砂漠にと……とにかく、そこに住む多数の生物が住みやすいように、環境そのものをつくり変えてしまう力なのじゃ」


 とんでもない力である。と、言うより迷惑な力と言っても過言ではない。


「あの伝説は……本当だったドンね?」


「そうじゃ! “おたのし池”に熱帯生物が増えたから、勾玉は……この池を彼らに住みやすい環境に変えてしまったんじゃないかと……な!」


「そのとおりドン! それが創世の力ドン!」


「なんて迷惑な力だゲロ~~!」


 立場によって三者三様である。


 輪入道と河童の五郎。

 二匹の妖怪やり取りを見ながら泰平は思った。

 人間が増えれば、いつか地球の環境を破壊してしまうかもしれない。

 その事を知っている神様は――人類が滅んだあと、地球を元の環境に戻せるように“イザナギの勾玉まがたま”を残しておいてくれたのだろうか? 

 “おたのし池”のような不幸を至る所に招いている人間は、やはりごうが深い生き物なのだろうか?


 泰平はまだ中学生である。

 見て、触れて、考えて、もっともっといっぱい経験を積んだら、おのずから答えを導き出すだろう。

 ガッパ爺は、そんな泰平を優しい目で見つめていた。

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