第16話 ガッパ爺

「助かったんですね! なんか……生きている実感がこみ上げてきました」


 泰平は、大げさでなく、さっきは本当に人生ここまでかと覚悟を決た。


「五郎さんのおかげです! 本当に……ありがとうございました」


 喜びを隠しきれない泰平は興奮気味に何度も何度も頭を下げた。


「とんでもないゲロ。泰平くんを呼んだのは僕だから……」


 河童は責任感が強い妖怪である。中でも五郎は特に強いようだ。


「そうだ! 泰平くん……」


 五郎は、紐にぶら下がり不安定な状態で、泰平の耳元にクチバシを近づけてきた。


「なんですか?」


「ピラニアに追いつかれそうになった時、急にスピードが上がったのを覚えているゲロか?」


「実はよく覚えてないんです……ただ……」


「ただ……?」


 何か気になることが有るのか怪訝そうに池を見下ろす泰平である。それでも思いついた何かを伝えようとした時――。輪入道の声が聞こえた。


「泰平~! 丘に着いたドン」


 車輪から噴き出る炎を調整しながら、ゆっくり降下を始めている。

 紐の先から丘に飛び降りた泰平と五郎は、輪入道が降りて来るのを下から見守った。


「泰平~! こんな危険な仕事の時にワシを置いていくとは何事じゃ~」


 降り立った荷車から大きな声が響いた。

 声の主は、泰平のお師匠さんであるガッパ爺だった。

 荷車のほろに結びつけたハンガーかけられたガッパ爺は、風でヒラヒラと舞いながら怒鳴っている。若干迫力に欠ける。


「だって……おたのし池がこんな事になっているなんて……」


 泰平は、ガッパ爺に駆け寄ると頭をかきながら答えた。


「だから、お前は甘いのじゃ~! 電話で河童くんが涙ぐんでいたと言うじゃないか~」


 話し方で、その妖怪がどの様な状況に置かれているのか? 何を望んでいるのか? を想像しろと教えていたのに、全く理解していなかった事が怒りに触れたらしい。


「それより、それ……どうしたの?」


 泰平は輪入道が引っ張ってきた引越し用の“妖怪トレーラー”を指差して言った。

 話題を逸らそうとしている。こういう状況判断は身についているようである。


「こら! ワシの説教はまだ終わっとらん……」


「これドンか? ガッパ爺に池の状況を話したら『フン! なるほど!』と言って勝手に手配した引越し道具ドン。多過ぎるから“妖怪トレーラー”に積んで持ってきたドン」


 輪入道が助けてくれた。


「これって……妖怪トレーラーを出すほどの事件なの?」


 ハンガーからガッパ爺を外しながら尋ねた。


 よほどの事態でないとトレーラーを使うことは無い。

 まだ説教が足りないガッパ爺だったが、二人が無事だった事に免じて言葉を飲み込んだ。


「一応の事を考えて必要と思う道具を揃えさせたら、妖怪トレーラーになっただけじゃ」


「一応……って?」


「それより、河童くんはどこじゃ?」


 泰平は、雨合羽の付喪神つくもがみであるガッパ爺に袖を通しながら周りを見渡した。五郎の姿は見当たらなかった。


「五郎さん~! どこですか~」


 ガッパ爺自慢の、古いけど高級そうな貝のボタンを傷つけないよう慎重に留めながら、もう一度見渡した。


「五郎さ~ん! ガッパ爺に状況の説明をしてくださ~~い!」


「ごめんさい! ここに居るゲロ~!」


 トレーラーの裏から頭の皿をかきながら河童の五郎が姿を現した。


「これがあの有名な“妖怪トレーラー”ゲロね? つい見惚れてしまってたゲロ」


「初めて見るんですか?」泰平が自慢げに尋ねた。


「あの、北陸妖怪大移動の時、活躍したトレーラゲロね?」


「あ! その話は僕も聞いたことが有ります」


 そんな二人のやり取りを観察していたガッパ爺は、五郎を「信頼できる河童」と見抜いた。


「話の止めて悪いんじゃが……河童くん! この池の状況をワシに説明してくれんか?」


「すいまゲロ……泰平くんと話してると楽しくて……つい」


 河童の五郎は、手振り足振りを混ぜて、おたのし池が変貌してしまった経緯を知っている限り細かく説明し始めた。

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