第15話 危機一髪

「ちょっと待って五郎さん! 周りを見てください……」


 泰平は、自分たちを取り囲むように幾つものボールが近づいて来るのを見つけた。


「あれって……もしかして?」


「ワニの眼……しまったゲロ! 池の反対岸はワニの棲みかゲロ……そこまで泳いでしまったゲロ~!」


 あまりのスピードに翻弄ほんろうされた河童の五郎は、自分の失態を悔いた。


「かなりやばいよ!完全に取り囲まれている~!」


 数匹、いや――数十匹のワニが、いつ襲いかかって来てもおかしくない距離にまで近づいてきている。

 潜って逃げようにも、この場所は浅瀬すぎる。

 有能なハンターでもあるワニにとって、まさにかっこうの狩場になってしまった。


「泰平くん! 僕がオトリになるから……その隙に岸まで泳いでいくゲロ」


「……奴ら、ターゲットを二人に絞っているから、逃げても別々に襲ってくるよ!」


「逃げ場がないゲロゲロ……」


 二人は、まさに絶体絶命であることを認めざる得なかった。

 しかし、覚悟するには泰平はまだ若すぎた。


(このままでは喰われる! 僕の人生もここで終わってしまうのか……)


 泰平の負けん気が自問自答を始めた。そして――。


「絶対に~絶対に嫌だ~~! こんな所で~!」


 泰平の魂の叫びが、咆哮ほうこうとなって“おたのし池”に木霊こだました。


 その瞬間――。


 泰平の、髪の毛がザワザワと逆立ち始め、目の色が深い緑色に変化をした。


 ゾクッ! ゾクッ~!


 河童の五郎の背中にすさまじい悪寒が走った。

 同時に、数十匹のワニが放つ殺気より強い、得体のしれない巨大な妖気が背中の甲羅から膨らんでくるのがわかった。

 五郎は、泡立つ鳥肌を抑えることができなかった。


「泰平くん? ……泰平くん! 泰平ッ~~!」


 大きく三度呼んだ。


 その時だった――。


「お~い! 大丈夫ドンか~~」


 野太い声が上の方から聞こえてきた。


「このヒモにつかまれ……早くしろドン」


 五郎が頭上を見上げた。


 そこには、青い空を背に、車輪から真っ赤な炎を八方に吹きだしながら浮かんでいる輪入道の姿があった。


「助かったぞ! 助かったぞ~~泰平くん!」


 しかし、泰平からの返事は返ってこなかった。

 背中から広がる妖気は、更に大きく膨らんでいる。

 周りの空気をピリピリと引き裂きそうな怒気も帯びてきた。


「た! い! へ! い~~~! 目を覚まさんか~!」


 突然、上空から胃袋をわしづかみにされるような大声が、落雷のごとく響きわたった。


 ワニ達も一瞬で動きが止まった。 

 

「うわっ~! ガッパ爺だ~~!」 泰平が目を開いた。


 その声が脳を直撃した途端――もうろうとしていた意識が、最新の4K液晶テレビのようにクッキリ鮮明に戻ってきた。


 泰平は、辺りをキョロキョロと見渡した。

 微動だにしないワニの姿をとらえた時、ようやく自分が置かれている状況を思い出した。


「急げドン~! 泰平~!」


 輪入道の声に促され、垂れている二本のヒモに大慌てでしがみついた。


「五郎さんも、早くこれにつかまって!」


 もう一本のヒモをたぐり寄せると、河童の五郎の手の届く所に垂らした。


「つかんだ……ゲロ!」


 五郎は、濡れた水かきを甲羅でぬぐうと、しっかりと紐の端をつかんだ。


「つかみました~! 早く……早く引き上げてください!」


「よーし! 手を離すなドン!」


 輪入道は、ウシッ! と小さく気合を入れると、車輪を高速で回転させた。

 炎が最大限に広がった。

 二人の命をつないだヒモは、輪入道と一緒に青空に昇って行った。


 その頃、やっと意識を取り戻したワニたちは、襲うべき獲物を目の前から見失い右往左往している。


 一人と一匹は、二本のヒモにしがみついたまま、安堵の表情を浮かべて互いを見合わせた。

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