第13話 落下

 夢のような光景から覚めやらぬ泰平。


「信じられない! なんですかこの池は? ワクワクしますね~」


「ワクワクなんて……住んでいる者には、生死にかかる大問題でゲロ! わかるゲロか~?」


 目がキラキラと輝いている泰平を現実に引き戻そうと、親指と人差し指の水かきを泰平の鼻にかぶせた。

 河童の世界での突っ込み「いいかげんにしなさい!」の行為らしい。


「泰平くん……ほら! 見るゲロよ! 中でも特にタチ悪いのはあのピラニアでゲロ」


 そう言うと――河童の五郎は甲羅からハムの塊を取り出して、隙間から池に投げ入れた。


 ドッポ~~ン! バシャバシャ~!


 大きな水柱が上がると同時に、ハムの周りに無数の水しぶきが湧きあがり水面が小山のように盛り上がった。

 無数のピラニアがハムに食らいついている。


 あまりの光景に、固唾かたづを飲んで枝の隙間から身を乗り出す泰平。

 つい両腕に力が入り手元の枝が数本折れてしまった。


「アッ! エッ?」


 バランスを失った泰平の体が池に向かって大きく傾いた。


 バキバキ~!


 所詮は、軟弱な枝を組んだだけの床である。泰平の重みに耐えかねた。


 パラパラ~!


 枝の木屑をまき散らしながら崩れ始めた。そして、泰平もろとも真っ逆さまに落ちて行った。


 ドッポ~ン! ブクッブクブクッ~~!


 一層高く舞上がった水しぶきに反して、泰平の体は池の中深く沈んでいった。


(落ちた……僕……池に?)


 次の瞬間、泰平の目に映ったのは無数の小さな白い泡が水面へと昇っていく光景だった。


(やばい! 落ちたんだ! 水しぶきに反応して奴らが来る)


 ピラニアとワニの群れの中に、自分が身を投じたことを悟りパニックを起こしそうになっている。


(だめだ! とても勝ち目はない……)


 この状況において絶対的不利な立場に半ば絶望しかけた泰平。

 

 グボッ! グボ~グボ~! 


 突然目の前に大きな甲羅が現れた。

 河童の五郎が、泰平を助けるために池に飛び込んで来てくれたのだ。


「甲羅につかまるゲロ! そして息をとめるゲロ~」


 五郎の矢継ぎ早の指示にうなずきながら、泰平はしっかりと甲羅をつかんだ。

 甲羅に泰平の握力を感じた五郎は両足の水かきをめいっぱい広げると、力強くかいた。

 白い泡の渦が、水かきを巻き込むように後方に伸びていった。


 水面に体を出していると水の抵抗を受けて速く泳げないことを知っている河童の五郎は、水中を猛スピードで、かき進んだ。


(泰平くん! 少しの辛抱だから我慢してゲロ)心で祈った。


 泰平は、振り落とされないよう甲羅をしっかり握ってしがみついている。


 数十秒後、泰平は後ろを振り返った。

 ピラニアが追いかけて来ていないか確認をするために。


 ガハッ! ガパッ~!


 泰平の口から大きな泡が勢いよく溢れ出た。

 安堵しかけていた泰平の目に飛び込んできたのは、五郎の足に今にも喰らいつきそうなほどに迫ってきている、鋭利な牙を剥きだしにしたピラニアの群れだった。


(やっぱりピラニアの方が速いんだ!)

 声にならない絶望が泰平の脳裏をよぎった。


 甲羅を握る泰平の握力に異様な力を感じ取った河童の五郎も、おもわず後ろを振り返った。

 五郎の眼にも、今まさに食らいつこうと極限まで牙を剥きだして迫るピラニアの姿が映った。

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