第12話 熱帯魚水族館

 眼下にユラユラ揺れる池の水面が見えた。

 その場所が、陸から数メートル入った池の上だと分かった。


「凄い! ここは秘密基地みたいですね~」


 子供に戻ったように泰平は、一人ではしゃいでいる。


天牙あまがさん。左の水面を見てゲロ……チョロチョロ動いているのが見えるゲロ?」


 はしゃぐ泰平をなだめながら、河童の五郎がささやくように言った。

 生暖かい息が耳たぶをくすぐった。

 案外と、河童の五郎も興奮して熱くなっているようだ。

 人が驚くのを見て喜ぶのは妖怪のさがといえる。


「あ! その前に……」


 泰平は、隙間から顔を抜くと河童の五郎に振り返った。その瞬間、肩越しから覗いていた五郎のクチバシと泰平の唇が軽く触れた。


「あ! すいません……」照れる泰平。


「いや! こちらこそ、こんな無粋なクチバシを……ゲロ」


 妖怪とコミュニケーションをとるにはハグが一番手っ取り早い! と、ガッパ爺に教わっていたが、ハグを通り越して一気に親密になった一人と一匹だった。


「あの……僕の事は『泰平』と呼んでください。『天牙(あまが)』の苗字は好きじゃないんで。お客様に『名前で呼んでください』と言うのも何ですが……」


「じゃあ……泰平君も『河童さん』じゃなくて、五郎と呼んでゲロ」


 泰平は笑いながら再び隙間に顔を埋めると、河童の五郎が促す方向に視線を移してみた。


 確かに何やら丸いボールみたいなものが二つ、チョロチョロと平行に動いている。

 よくみたら、結構あちこちでボールが動き回っている。


「なんですかあれは? 緑色のボールが浮いているようにしか見えないけど」


「よく見るゲロ。濁っているけど、目を凝らして見たら水の中に体が透けて見えてくるはずゲロ」


「えっ! 体……体があるんですか?」


 好奇心に火がついた。

 枝の隙間から更にグィッと頭をめり込ませると、顔を突き出して水面を観察した。


「え! まさか……アレは……アレですか?」


「見えた? そうゲロ! あれはワニ……爬虫類のワニゲロ」


「マジですか? いやまさか……いや本当だ! まぎれもなく本物のワニだ。それも何匹もいる。それに……デカい! メッチャ~巨大なワニじゃないですか!」


 泰平の声が裏返った。

 枝を握る手の甲に浮かぶ血管が一ミリ程盛り上がった。


「あれは、クロコダイルといって……とにかく、口が大きく凶暴なワニでゲロ」


 隙間から頭を抜き取った泰平は、河童の五郎の方に向き直った。

 自分の両手を広げて大きさを説明しようとしたが、全然長さが足りない。


「どうして、こんな池にワニが? 確かに熱帯の植物がいっぱい生えているけど……だからといってワニまで……」


「ワニだけじゃないゲロ。もっと池の中の方も見るゲロ。深い池じゃないから影ぐらいは見えるゲロ」


 再び隙間に頭を突っ込み直した。

 首をのばしてもう少し先の水面に目を凝らす泰平。


「いた! 大きい……魚だ! 黒くて長い魚もいる! 群れている奴も! あんなに~!」


 人は驚くと説明が下手くそになってしまうものである。


「そうだ! アロワナだ! そして、あのデカイのは……ピラルクじゃないか!じゃあ、あの群れで泳いでいるのは……もしかして……」

 泰平の背筋に悪寒が走った。


「そう、ピラニア……ゲロ」


 おたのし池を、我が物顔で悠々と泳いでいるのは――紛れもなくアマゾンを代表する熱帯の魚達だった。


 泰平は五歳の時、父親に連れられて【アマゾン熱帯魚水族館】に行った時のことを思い出した。

 そこには2メートルをゆうに超えるピラルクなどの大型の淡水魚がゆったりと泳いでいた。

 幼い泰平はその巨大魚に圧倒され水槽のガラスにおデコをつけて、いつまでも眺めていた。


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