第10話 マングローブ

 予想したとおり、池に近づくにつれ熱帯植物は色が濃く、深く、大きくなっていった。

 草をかき分ける度に葉先が腕に刺さり痛かった。


「これは大変だ~! どうしてこんな所にジャングルが?」


 更に、池に近づくと地面が沼地のようにぬかるんできた。

 一歩! 一歩! 泥に足を取られながら歩くのは大変で、なかなか前に進めない。


「こんなところで……体力不足を思い知らされるなんて!」


 日頃から体を鍛えるように言っていた、ガッパ爺の言葉を思い出していた。

 肩で息をしながら、やっと池のほとりにたどり着いた。


 しかし、河童の住み処が何処なのか検討もつかない泰平である。

 ひとまずマングローブの木に下にリュックを置くと、汗を拭った。

 周りをグルリと見渡したが、河童の姿は何処にもなかった。


「河童さんだから、やっぱり水の中かな?」


 池の中を覗き込むように身をのり出し大声で叫んだ。


「河童さん~いませんか? こんにちは~引越しセンターの者ですけど~」


「…………」


 返事が返って来ない。


「河童さ~ん! いませんか~?」


 更に大きな声で呼びかけた。

 泰平の声がマングローブにぶつかり木霊こだました。


 その時である――。

 マングローブの枝がバサッ! バサッ! 大きく揺れた。

 次の瞬間! 折り重なって薄暗い木の隙間から、黒い影が飛び出してきた。


「えっ!」


 一瞬、身がすくんで動けない泰平の口を、何者かがふさいだ。


「しっ! 静かに。大きな声を出すと……奴らに気づかれてしまうゲロ」


 泰平の口を塞いでいる手は、生暖かくしっとりと湿り気があった。

 そして、何より五指すべてに柔らかい〈水かき〉が付いていた。


「びっくりした~! 河童さん? 何処に居たんですか? ……探していたんですよ~」


 驚いた泰平が大声で尋ねた。


「しっ! だから静かにしてゲロ~」


 妖怪なのに、震えながら涙声になっている。


「ごめんなさい! でも、どうしたんですか? さっき……奴らって?」


 少しヤバそうな状況を感じ始めていた泰平は、小声で訪ねた。

 質問に答えず、周りをキョロキョロと見渡す河童。


「説明は後でするゲロ。とりあえずちょっと、こっちに来て欲しいゲロ」


 そう言うと、泰平の手を引き、池の中まで長く枝を伸ばしている、ひときわ大きいマングローブの木の下に連れてきた。

 そして、木の中から垂れ下がっている縄梯子なわばしごを指さしながら言った。


「ここは危ないから……木の上に行くゲロ」


「危ない? どういう事です?」


「とにかく……上で……ゲロ」


 泰平は、河童の後ろから揺れながら縄梯子なわばしごを昇った。

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