第7話 輪入道

 夏休みに入り運動不足だった泰平が「ハァハァ!」と息を切らしながら走ってきたのは引越しセンターの地下駐車場である。

 そこに停めてある〈引越し用の荷車〉の前で立ち止まった。

 泰平は、ちょっとだけ息を整えると、両手を拝むようにそえて〈引越し用の荷車〉に優しく声をかけた。


「輪入道さん♪ 今日の予定だった『一つ目マンション』はキャンセルにしてくれませんか」


「なんだ……ドン! なんでだ……ドン」

 吊り上って充血した目で泰平を睨んだ。


「そんな怖い顔しないでくださいよ~」


「ワシにも大事な予定が……ドン! ドン!」


「かわりに、おたのし森に行ってください。お願いします!」


 妖怪輪入道は、車輪の中央にヒゲモジャのいかつい顔がデンと居座り、事あればその車輪から炎を噴き出す姿車の妖怪だ。

 しかし顔は怖いけど、これが奥さん大好き、熱烈な愛妻家の妖怪である。

 とにかく毎日、毎日「嫁入道」に会いたくて早く帰りたがるのだ。

 仕事にも支障が出てきて所長を困らせている。

 まぁ、五百年間も口説いて、やっとお嫁さんに来てくれた奥さん「嫁入道」である。

 そりゃ逢いたくても仕方ないと――他の従業員たちはあきらめている。

 しかし、妖怪にあるまじき体たらくな情けない理由である事に違いはない。

 でも、間違っても本人には言ってはならない。

 妖怪は、ああ見えて、とてもナイーブなのを泰平は知っていた。


 おたのし池は「おたのし森」の真ん中にある、ひょうたんの形をした綺麗な池である。

 おたのし森に行くには、険しい山を三つ越えなくてはならない。

 そういった場所に行くのは、空を飛べる輪入道が最適なのである。


「今日は仕事は近くやから早く帰ると、嫁入道に約束してきたのに……おたのし森……直ぐに帰れないじゃないかドン」


 妖怪には語尾に変な擬音をつける者が沢山いる。

 最初は聞き取りにくいが、慣れるとこれが、なかなか耳触りがよくなるから不思議である。


「頑張っている輪入道さんは素敵だ♪ って奥さんが言っていましたよ」


「子供のくせに、そうゆうお世辞は上手くなったドン」


 髭面ひげづらの妖怪が、にやけ顔になった。

 輪入道はまんざらでもなさそうだ。

 妖怪、もののけの類はお世辞に弱いことも学習してきた泰平である。


「それじゃ! ジェットでお願いします~」


「振り落とされないようにしっかり掴まっていろドン」


 輪入道が引く営業用の牛車は昔ながらの屋根もホロもない荷車タイプである。

 引越しセンターの営業会議ではワンボックスカータイプにする方向で決まっていたのだが、なにせ高齢者が多い妖怪の世界。

「現代物は情緒に欠ける!」とかで反対されて、やっぱり今までどおり古いタイプにしょう! ってことになったのだ。

 正直、荷車タイプは木で出来た床に座るから固くて冷たくて、乗り心地は決して良い方ではない。と、いうより最悪だった。


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