第6話 河童の涙
うっそうとおい茂る柳の枝のおかげでエアコンなんか必要としない事務所。
そればかりか、得も知れぬヒンヤリとした空気まで漂っている。
そんな、あやかし引越しセンターには、朝からバイトに精を出す泰平の姿があった。
ジリリーン♪ ジリリーン♪
「泰平ッ……電話だぞ! 早く出ろ!」
ジリリーン♪ ジリリーン♪
「早く出ろよ! 喉が枯れるだろ~!」
黒板を爪で引っかいたようなキンキン声で怒鳴っているのは、引越しセンターの所長である。
チョット短気なのがたまに傷だが、義理人情に厚くて涙もろい、男気満載の所長である。
そしてたぶん――男だと思う。
何故「たぶん」かって?
実はここの所長、大きな声では言えないが、今、リンリン♪ と、けたたましく鳴り響いている電話機なのである。
長い年月を経て古くなった道具には、神や霊魂などが宿るという
それが伝説でなく現実に黒い古びた電話機に、たぶん神様であろうと思われる付喪神が宿った姿がこの――電話機所長なのである。
泰平も最初見た時はビックリしたけど、ここの仕事に慣れるにつれて、この程度の事では何も不思議に思わなくなってしまった。
「ハイハイ。言われなくても聞こえていますよ……今出ますから」
(自分が電話機なんだから、たまには出ればいいじゃないか……)
泰平はいつも心では思っているが、口には出せないでいる。
所長の黒光りする受話器に手を伸ばしながら、さて今回はどんな相手に振り回されるのかと思うと、ちょっぴり
「はい! こちらは親切、丁寧、秘密厳守の『あやかし引越しセンター』です!」
「あのう……引越しセンターさんゲロか?」
「はい! あやかし引越しセンターです」
「妖怪を引越しさせてくれる所ゲロ?」
「妖怪さんの引越しをお手伝いする引越し屋です。また妖怪さんのイタズラに困って、どこかに引越しさせたい時も、それなりの課が、特別料金でお引き受けいたしております」
中学生とは思えない慣れた対応である。
「お客さんは、妖怪さんですか? それとも人間さんですか?」
相手の声は妙に暗くて湿っぽい。
この感じは、そうだなぁ――悩みをかかえた妖怪に多いパターンだ! 泰平は直感した。
「あの僕は妖怪ゲロ……引越しをしたいゲロ」
正解だった。妖怪の持つ雰囲気をつかむ能力が身に着いたようだ。
「ありがとうございます。どちらの妖怪さんですか?」
「おたのし森で一番大きい『おたのし池』に住んでいる河童……ゲロ」
「あの天空の秘境と言われる……おたのし森ですか?」
「以前は、そう呼ばれていたゲロ」
「以前は? ……どちらに引越しを希望ですか?」
「引越し先は静かで、厄介者がいない池をお願いします。とにかく静かに暮らしたいゲロ」
最近は人間たちに
ただ、今回は若干様子が違うようだ。
しかし、行き先が決まっていない妖怪を引越しさせるのは結構面倒である。
先に住んでいる妖怪が居ないか?
居たら共存は可能か?
そこが人間の開発予定の場所になっていないか?
あれこれと手続きの上でも実に面倒なのである。
「ご引越しはいつ頃をご希望ですか?」
「できれば……なるべく早く。直ぐにでもお願いゲロ。助けてくださいゲロ……」
「助けてください? ケガでもしているんですか? 病気ですか?」
「あの……ゲロ」声がつまっている。
矢継ぎ早の質問が過ぎたかなと反省する泰平である。
「噛みつかれるゲロ……襲われるゲロ。住めなくなったゲロ」
「噛みつく? 襲われる? 河童さんが誰かに噛みつかれるんですか? 妖怪を襲う者がいるんですか?」
やはり、質問攻めになってしまった。
妙に弱気な妖怪で気にかかる河童である。
「ゲロ……ゲロ……グスッ!……ゲロ」
とうとう河童が涙声になってしまった。
力自慢の河童が
ともあれ、とにかく妖怪が泣くのは余程のことである。
「真剣にお困りのようですので……今からそちらに伺いたいと思いますが……大丈夫でしょうか? 棲家に居ますか?」
「……居ます……どこにも行けないゲロ」
泰平は、今日入っている他の約束を全てキャンセルすることにした。
とにかく困っている河童のところに行かなければ! という使命感が湧き上がってきたのだ。不思議な感情である。
「所長~! 今日会う予定だった一つ目小僧さんに『PM2.5が大量に漂っているから、目のでかい妖怪は出歩かない方がいいです』ってことでキャンセルの電話を入れといてください」
「何ッ! ワシが連絡するのか?」
「そうですねぇ……会うのは、明後日の午後二時頃なら補習の帰りに寄れるから、その時間でお願いします」
「だから……ワシが連絡するのか?」
「リンリン♪ 鳴るばかりでなくて、たまにはその錆びたダイヤルを自分で回してくださいよ~」
そう言い残すと、泰平は、まだブツブツつぶやいている所長をしり目に事務所を飛び出して行った。
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