第2話 蛇の道

 ある夏の昼下がり――。


 その蛇の道をのんびりとリンゴをかじりながら歩いている少年がいた。


 スマホを片手で器用に操作しながら、もう片手でリンゴをかじっている。

 歩き方は少し悪ぶってはいるが、幼さが残るその顔は中学生だろうか? 

少年は、この薄気味悪い道をいただきに向かい鼻歌交じりで歩いている。


 しばらくすると、ゴツゴツと節くれだった樹皮を、これ見よがしに誇張しているクヌギが密集している場所に辿りついた。

 クヌギの多くは夏だというのに、カブトムシやカナブンを寄せ付けることもなく、しおれて半分枯れかけた、赤茶色の枝葉が垂れ下がっていた。

 その光景は、まるで炎に包まれた地獄の入口の様に見える――事はなかった。


 少年が、顔の前に垂れてくる枝を気だるそうに振り払いながら前に進むと、ひときわ大きなクヌギが行く手をさえぎった。


 入山を拒むように大きく地上にせり出した太い根に足元を取られそうである。

 ゴツゴツして節くれだった根元には、その場に似つかわしくない物が埋め込んであった。

 それは――猫の顔をかたどった黄色い木版に、力強い毛筆体で【はーい! 入口こちらだよ!】書かれた「看板」だった。


 少年は、その看板の前で立ち止まり、支柱の丸太の上に食べ終えたリンゴの芯を無造作に置くと、眩しそうに空を見上げ「ピュッ♪」指笛を吹いた。


 数秒後――《カァー♪》


 甲高い鳴き声と共に一羽のカラスがクヌギ林から現れた。

 空の悪魔を気取っているのだろうか、黒く鋭いクチバシから真っ赤な舌をチョロチョロと出しながら、看板に向って急降下を始めた。


《バサッ♪》


 鋭い音が周囲に木霊した。


 カラスは、空気を切り裂くような羽音をたてながら鋭い爪先でリンゴの芯を「鷲づかみ」に――いや「カラスづかみ」にすると、渦を巻くように黒い羽根を巻き散らしながら、アッ! という間に空高く舞い上がって行った。


 ほんの一瞬の出来事だった。


 カラスが飛び去る先を、焦点のおぼつかない眼差しで見送っていた少年は、大きく背伸びをすると、看板の横をすり抜け再び蛇の道を頂上に向って歩き出した。


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