六話 初デートは妹と ②

「なぁ、いつまでしがみついてるんだ? もうちょっとで家に着くんだが」

「いいの」

「何がいいんだよ?」

「別に私と兄さんがこうしているところを見られても、別にいいの」

「いやいやいや。俺が良くない。全然良くない。もし、こんな所あいつに見られでもしたら」

「あーどくん。そこでなにしてるの?」


 アードたちの前に、今の状況で出会うと面倒な事になると分かりきっている銀髪の幼女が現れた。


 ソフィナだ。彼女の瞳に光は宿して無く、ただアードたちの顔を交互に見やり、微笑む。


 目は全く笑っていなかったが。


「……よ、よぉ。ソフィナ」

「なにしてたの? なゔぃちゃんといっしょにおでかけ? いいなぁ。わたしとはいちどもしてくれたことなかったのに」


 ソフィナはど天然で可愛いのだが、嫉妬心が強く、アードがナヴィを贔屓していると、こうして声のトーンを低くして、脅してくるのだ。


「……ナヴィ。ソフィナすんげー怖いんだけど」

「そう? 私もソフィナ程では無いけど、兄さんが私以外の女の子と一緒にいたら、ああなると思う」

「マジ?」

「うん」

「ねぇ。あーどくん。いまわたしとはなしてるはずなのに、どうしてなゔぃちゃんとおはなししてるのかなぁー」

「すんませんした」


 普段はアードがソフィナの上に立っているが、今みたいな状況に陥った時、必ず立場が逆転する。そして、またいつもと同じように地雷を踏む。


「あーどくんはさ、わたしとなゔぃちゃん、どっちがすきなの? わたしだよね」

「そんなわけないでしょ。兄さんは私の方が好き。さっきそう言ってくれた」

「ちょ、ちょっと待て。俺は二人とも好きだが、それだけだぞ?」


 アードは早くこの話を終いにしたいが為に、返答を間違えた。彼は間違えてしまったのだ。今の二人にその返答は、ますます自分の立場を悪くするだけなのに。


「兄さん。そこに座って」

「あーどくん。すわって」

「……はい」


 そこから数時間に及んで、説教されるアード。この状況から、彼だけで抜け出す事は百パーセント不可能。


 だからアードは仕方無く、二人の女の子、いや二人の女性の説教を聞き入れる。


 この時だけは、精神年齢において一番歳上のアードでさえどうする事も出来ない。そもそもこれが、四歳児と五歳児の会話だとは到底思えない。


 アードは佐藤 蒼波として前世を生き、ナヴィは彼の妹である佐藤 明日奈として前世を生きていた。


 その二人と肩を並べるソフィナは一体何者なのだろうか。もしかすれば、彼女もまたアードたちと同じように異世界に転生した人なのかもしれない。


 だけど、それは今のアードには知る由も無く──


「今日はこれくらいにしておいてあげる。またこんな事があったら、次はキスしてね」


 ナヴィはアードの耳元で囁き、歩き始めた。それを見たソフィナは、頰を膨らませて、彼の手を握りしめて、引きずるように歩き出した。


 最初は引きずられながら歩いていたアードだったが、今はソフィナの横を歩き、ある事を話すか悩んでいた。


 これは、アードとソフィナとの関係を大きく変えるもので、最初は話すか、話すまいか躊躇していた。


 だが、遅かれ早かれ話さなければならない事だと腹をくくったアードは口を開く。


「……ソフィナ」

「なーに。あーどくん」

「……俺とお前は後一年も経てば、離れ離れになる。それは、分かってるよな?」

「……うん。わたしはしょくぎょうがゆうしゃで、あーどくんはむらびと。わたしはくにのために、まものとたたかわなきゃいけない。だから、へいしいくせいがっこうにいかなくちゃいけないんだよね」


 ソフィナは職業勇者で、初期ステータスが全て500を超えている。職業が勇者になった人は必ず九年制の兵士育成学校に入学する事が義務付けられている。


 昔はそういう決まりは無かったが、魔王が復活してしまった今、魔王と対抗する勇者を急速に高レベルの勇者へ育て上げなければならないのだ。


「あぁ、そうだ。俺はお前と同じ道には行けないが、俺はお前を応援するよ。お前が凄え勇者になって、俺に自慢させてくれ。あいつは俺の幼馴染なんだぞって」

「……うん」

「まぁ、そう落ち込むな。一生会えなくなるわけじゃない。それに、俺は無理でもナヴィがもしかしたらお前と同じ道を歩むかもしれんしな」


 そう言って歩き出そうとしたアードの手を、ソフィナは強く掴んで──


「……やっぱりいやだ。あーどくんとおかあさんとおとうさんとなゔぃちゃんとはなれるなんていやだよぉ。ずっといっしょにいたいよ」

「……」

「なんかいってよ。いつもみたいにわたしにどうしたらいいかおしえてよ! わたし、あーどくんがいなきゃ、なにもできない!」

「……ソフィナ。こっち向いて」


 涙を流し、俯いていたソフィナの顔を上げさせると、アードは彼女の額に口付けをした。


「……え?」

「……これで、少しは頑張れるか? 一人で自分の道を歩けるか? 俺が居なくても大丈夫か?」

「……すこしだけ。ほんのすこしだけ、がんばれるきがする」

「ほどほどにな」


 アードとソフィナは会話を終え、前を歩いているナヴィがいる場所まで走った。そこからは三人で楽しげに、人それぞれ違う想いを抱きながら家まで帰る。


 アードはある時までの予定を立てながら。

 ソフィナは自分がこれからどうすればいいかを考えながら。

 ナヴィは明日はどうやってアードと遊ぶかを考えながら。



 



 

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