五話 初デートは妹と ①
「デートするっていっても何すんの?」
「……分からない」
「分からないのに何でデートするって言った?」
「したかったから」
「……はぁ。ま、とりあえずどこか行こうぜ。幸い、今日は露店が多く出てるし、暇になる事はないだろ」
デートするといった四歳児──ナヴィは、したかったという理由で、アードをデートに誘っていた。
全くと言っていい程、ナヴィの事が分からないアードは、とりあえずはと思い、露店を回ることにした。
露店を回ると言っても、まだ子どものアードとナヴィには手の届かないものばかり。彼らの持つ小遣いで買えるのは精々クッキー(五枚入り)ぐらいだろう。
「お兄ちゃん。あれ欲しい」
それは、五軒目の露店に寄った際にナヴィが放った一言。この露店は、首飾りや指輪など、いわゆる装飾品を扱っている店だった。
装飾品は高いものばかりで、到底子どもが手を出せる値段ではない。
小遣いを貯めていたアードは、首飾りや指輪は買えなくても髪飾り一つぐらいなら買えるお金は持っていた。
だが、ナヴィが指差していたのは指輪で、値段は五万ダリス。この値段は、この国の騎士が一ヶ月働いて得る給料ぐらいで、そんなお金、アードが持っているはずはなく──
「……ごめん、無理。全然買えない」
「知ってた」
「知ってたなら言うなよ」
「お兄ちゃん面白い」
「そういう割には全くお得意のポーカーフェイスは崩れていないんだが」
どんな時でも無愛想な顔が崩れないナヴィ。それのせいで、何を考えているのかが分からなくて悩んでいるアードなのだが、そんな事ナヴィが知っているはずもない。
「ううん。面白いよ。お兄ちゃんだけだよ。私を笑わせてくれるのは」
「だから、全く顔が変わってないんだけど。寝起きの顔も、嬉しそうな顔も、楽しそうな顔も、怒っている顔も、全部一緒。俺には全く分からん」
「大丈夫。いずれ分かる時が来る。……そろそろ帰ろ。もう時期暗くなる」
「あぁ。そうだな。帰ろうか」
何が大丈夫なのか分からないアードは、ナヴィに言われるがまま家に帰る事にした。
だが、その帰り道、ふと足を止めたアードはナヴィに「ごめん。ちょっと待ってて」と言って、ある場所へと向かった。
ある場所とは、最後に行った装飾店だ。その店で、アードはなけなしのお金である物を買って、ナヴィの元へと走り戻った。
「……はぁ、はぁ」
「お兄ちゃん。どこ行ってたの?」
「……ぜぇはぁ……ちょっと、待って」
「うん」
「はぁ、はぁ、んっ……はぁ。……よし、だいぶ息が整ってきた」
「それで、お兄ちゃん。どこ行ってたの?」
「あぁ。せっかく、ナヴィとこうしてデートしたんだ。それで、何の思い出もなく終わるのは嫌だったんでな」
言いながら、アードは懐に仕舞っていた紙袋から花の髪飾りを出して、ナヴィに渡した。
「こんなもんしか買えなかったけど、貰ってくれ」
「……これを私に?」
「……ええと、いらなかったか? いらないんだったら、あいつに」
「ううん。ありがとう。とても嬉しい」
この時、初めてアードはナヴィの笑顔を見た。ナヴィの笑顔は、愛想笑いでも、苦笑でも無く、心の底からの笑みで──
「明日奈」
アードの口から漏れ出た言葉はそれだった。ナヴィの笑顔は、蒼波の妹である明日奈が時折見せる笑顔に似ていたのだ。
「何か言った? お兄ちゃん」
「ううん。何でもない」
「そう? なら帰ろ、兄さん」
「へ? 今なんて言った?」
「なら帰ろ、お兄ちゃんって言ったんだけど?」
「そう? 聞き間違えかなぁ。兄さんって呼ばれた気がしたんだけど」
「……兄さんって呼ばれたいの?」
「別にそういうわけじゃないけど、兄さんの方がしっくり来るなと思ってさ」
「ふーん。それじゃあ、兄さん。帰ろうか?」
笑みも、『兄さん』の独特なイントネーションも、初めて笑顔を見せた時の雰囲気は、やはり覚えがあって──
「ナヴィ。変な事聞くんだけどさ」
「何?」
「お前、明日奈か?」
「……アスナって誰?」
「……悪りぃ。変な事聞いちまった。忘れてくれ」
ナヴィに『アスナって誰?』と言われ、少し残念だったアードは肩を落としながら、トボトボと歩き始めた。
その後ろ姿を見て、可笑しそうに笑うナヴィは、手慣れた手つきで髪飾りをつけて、「兄さんのおバカさん」とアードには聞こえない声音で言って、彼の背中へダイブした。
「痛っ! 舌噛んだ! 何すんだ、ナヴィ!」
「ふふっ。……兄さん。大好き」
アードの背中にしがみ付き言ったナヴィ。彼は彼女の言葉に少し驚いたが、再び歩き出し、「俺もだ」と言った。
アードのそれは家族としての好きだったが、ナヴィはどのようにとったのか、頰を赤く染めていた。
その事はアードに知られる事はないが、彼はこれから多大なるアプローチをナヴィにかけられる事をまだ知らない。
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