四話 異世界は残酷だが、良い事もある
「お兄ちゃん。遊ぶ約束してたでしょ。いい加減部屋から出てきて」
「今は放っておいてくれ。明日遊んであげるから」
ナヴィとの約束を破ろうとしてしまうほどまでに、アードは自分の初期ステータスに落ち込んでいた。
異世界には、英雄になって色んな人にチヤホヤされる夢があると思っていた。
異世界なら、希望があると思っていた。
異世界なら、安寧があると思っていた。
だが、実際にあったのはそれらのものとは真逆のもので、アードが異世界に来てまで、頑張れるようなものなど何一つ無かった。
アード・グラウラス──佐藤 蒼波にとっては、ソフィナもナヴィも両親も、それ以外の人も他人でしか無い。
蒼波にとっての家族、友人とはもう二度と会う事が出来ない。彼にとってのその人たちは、生きる生きがいで、生きる意味で、生きる希望だった。
「お兄ちゃん。遊ぼう」
「……しつこいな! 俺に話しかけんな! お前は俺の妹でも何でもねぇだろうが! ただの他人だろ! それなのに、お前は……」
家族が、友人が居ないアードにとって、この異世界には、何もない。
縋りたかったのだ。自分のステータスに。自分がチヤホヤされる夢に。希望に。安寧に。
「お兄ちゃん、思い上がらないで。歳上だからって、調子に乗らないで。……お兄ちゃんにとっては、私は他人かもしれない。でも、……私にとってはお兄ちゃんは、お兄ちゃん。だから、私と遊んで」
「何でお前にそこまで言われなければいけないんだよ。まだ四歳のひよっこが、俺に指図するな」
こんな事言いたいわけではない。他人でも、ナヴィには何故か他にはない親近感があった。どこか懐かしい感じもしていた。
だけど、ナヴィのその雰囲気には見覚えが無かった。何かがおかしい。そう思った時、アードの目の前にメッセージウィンドウが現れた。
『気分はどうだ? 未来の俺。最悪だろ? これを見ている時、お前は家族に当たり、罪悪感が頭を支配して、何をすれば良いのか分からないだろ? そうなると思っていたよ。どーせ、俺はアホでバカだからな。異世界なら、チヤホヤされるとか思ってんだろ? ……そんなわけないだろ? チヤホヤされたいんなら、それ相応の努力をしろ。だが、残念ながら、この世界には希望も、安寧も無い。これは、女神から聞いた事実だ。だが、もしお前が努力すればそれ相応の報酬はある。だから、頑張れよ。未来の俺に頑張れよとか言うのは何か変な感じだが、頑張れば結構いい結果になるとは思う。それじゃあ、またな』
ふざけんな! と叫びたかった。これがもし事実なら、アードは女神との面会の際の記憶を自分自身で消し、自分自身の手で、この状況を作ったというわけだ。こんな事までして未来の自分に何をさせようとしているのか?
それは分からないが、努力すればそれなりの結果になると宣言された。それならと思い、少しは頑張れる気がする。
頑張るしか無いのなら、今までのようにダラダラ過ごすわけにはいかない。効率良く、生活していかなければ。その為には──
「……ったく仕方ねぇなぁ。もう終わりだ。自分で自分を騙しながら暮らすのは。僕とか気持ち悪くて、反吐が出る。……だが、妹とは遊んでやらねぇとな。俺はあいつのお兄ちゃんみたいだからよ」
アードは言い、自分の気持ちを改める。そして、閉めていたドアの鍵を開け、ドアを開ける。
「遊ぶか、ナヴィ」
「やっと出てきた。それでこそ、『明日奈』の兄さん」
「ん? 何か言ったか」
ナヴィの最後の発言だけ聞こえなかったアードはもう一度言うように促すが……。
「ううん。何でもない。ただ、やっと私のお兄ちゃんに戻ったと思っただけ」
「そうか?」
「うん」
「ナヴィ。……その、さっきはすまんかった。それで、何だ。何して遊ぶんだ?」
「魔法の短縮詠唱」
『魔法の短縮詠唱』という言葉は、四歳児の口から出てきていいものではない。短縮詠唱という言葉は聖教教会ではタブーとされており、その言葉を発しているところを見られれば、処刑されてしまう。
それに、魔法の短縮詠唱なんて言葉、四歳児がどこで聞いてきたのか。一度、ナヴィを問い詰めなければならない。そう思いながら──
「何でだよ! おかしいだろ! そこはままごととか、鬼ごっことか、色々あるだろうが!」
「嫌だよ。そんな子供っぽい事」
「子供じゃねぇか」
「お兄ちゃんもねー」
「……確かに。俺もまだ五歳だわ」
それで、何かが可笑しかったのか、ナヴィは笑い、彼女の笑いに釣られてアードも笑う。そして、ひとしきり笑った後。
「とりあえず、魔法の短縮詠唱以外なら何でもいいよ」
「分かった。なら、私とデートして」
「……どこでそんな言葉聞いたんだ?」
「どこでもいいでしょ。お兄ちゃんは言った。魔法の短縮詠唱以外なら何でもと。だからデートして」
「……分かった」
渋々了解したアードは、一度ナヴィと別れ、デートの支度を始めた。
それから数十分後。それぞれ支度を終えたアードとナヴィは家を出る。とは言っても、彼らはまだ子供だから、行動範囲は狭いし、何をすればいいのか分からない。
だが、何だかんだデートを楽しむ事になるアードといつもより表情が柔らかくなり、本性がバレてしまいそうになるナヴィ。ここで五歳児と四歳児の前代未聞のデートが行われるのであった。
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