第3話

 あまりに一瞬の出来事で、理解が追いつかない。頗る硬く、鈍重な鉛の塊で、思いっきり ぶん殴られたような、強烈すぎる衝撃が腹部を襲う。あっさりと身体が宙を舞ったところで、 記憶が途切れる。人間はこんなにも簡単に宙に浮けるものなのか、と謎の感動すら覚えてしまう。衝撃を喰らった瞬間は、不思議と痛みは感じなかった。硬い地面に落ちた衝撃も覚えていない。

 頭に鈍い痛みを感じて目を覚ますと、先程自分が立ち尽くしていた場所が視界に映り込

 んできた。一瞬、俺は人類初の瞬間移動を会得したのかと錯覚したが、違った。どうやら、 数メートルほどブッ飛ばされたがかろうじて生きてはいるみたいだ。同時に、身体の至る所 が痛みを感じ始める。あまりにも痛い。痛すぎる。1 人だったら痛すぎて泣いてたと思う。だが、この痛みが俺に生を実感させてくれる、とかカッコイイことを言ってみるけど痛みは 増すばかりだ。俺は死ぬのだろうか。散々死にたいだの何だの言ったけど、いざ死ぬとなるとかなり辛いし、怖もんだ。やっぱり死にたくねぇわ。どうせ死ぬなら、ハゲ上司の髪でも毟り取っておけばよかったな。でも毟るほどないか。というかあの化け物、殺るなら一瞬で殺ってくれよ。


「ちょっとあなた、大丈夫?」


 化け物の腕を切り裂いた謎の女が話しかけてくる。大丈夫なわけあるか。死にかけだわ。 というか、この謎の女が化け物の腕を切り裂いたことが元凶であることを思い出し、文句の 一つでも、と女を見上げたところで驚愕した。

 月明かりに照らされた謎の女は、クレオパトラも腰を抜かすような、どエライ美人だった。 いや、クレオパトラに会ったことはないが。宝石のように輝く大きな瞳に、筋の通ったエベレストまではいかない高い鼻、薄くてほんのりと赤い唇、もこみちもびっくりの小顔、そし て絹のように、なんて月並みな言葉で表すのは申し訳ないほどの美しい黑髪、そんな完璧な 美女だった。おそろしく美しい女、オレでなきゃ見惚れちゃうね。


「ケガをしているようだけど、安心して頂戴。軽く回復をしておいたから徐々に良くな ってくるわ。私があのヤバいのをサクッと退治して、しっかりと手当てしてあげるから待 ってて。」


 退治する前に手当てしてくれ。という俺の言葉を見事に無視し、女は先程化け物の腕を切り裂いた剣を構え、意気揚々と再び化け物に突撃していった。

 しかし女は速攻でお手玉にされ、ドサッと俺の背後に降ってきた。ザコすぎるだろ。即落 ち 2 コマかよ。


「無理無理、あんなキチガイモンスターに勝てるわけないわ。」


 さっきの勢いはなんだったんだよ。すごいドヤ顔でそのキチモンに突撃して行ったあの 勢いは。


「どうするんだよ、このままだと俺もアンタもあの化け物にお手玉にされて殺される ぞ!」

「大丈夫よ、安心して。私には超強力な使い魔がいるの。さっきあなたがお手玉にされて いた時に召喚の陣を張って準備しておいたから」


 これほど不安な「安心して」はかつてあっただろうか。というか、さっき突撃する前に呼 んで、協力して倒せばよかったじゃねーか。

 でもこの女、この窮地でもまるで冷静さを失っていない。それほどまでにその使い魔が強 力なのか。とにかくここは任せるしかしかない。それに、この女の使い魔ならさぞかし美し い使い魔のはずだ。期待しよう。


「よし、その強力な使い魔とやらを呼んでくれ。」

「ええ、任せて。あとは召喚の詠唱をするだけよ。」


 そう言って、女が右手を前方にかざす。すると、足元から赤い紋章が徐々に浮き上がって きた。紋章の色は次第に濃さを増していき、小さな風が発生し始めた。初めはマンホール程 度だった紋章は徐々に大きくなっていく。女の額に汗が滲んでいる。ものすごい集中力だ。 紋章がかなりの大きさに拡がったところで拡大が止まり、風も止んだ。どうやら、準備が整 ったらしい。女が宝石のような輝く瞳を見開き、詠唱を始めた。というか、俺たち化け物の こと無視し過ぎでは。


「イサダクテックツ、スデツブウコイダガニソミノバサ!」


 なんだそのマヌケな詠唱は。よくスラスラと読めるな。まぁとにかく、これで超強力な使 い魔が召喚されるはずだ。一体どれだけ強力で美しい使い魔が現れるんだ、と俺は固唾を呑 んで見守る。紋章は直視できないほどの眩しい光を放ち、俺は思わず目を瞑ってしまった。 恐る恐る目を開けて、現れたであろう使い魔の姿を確認すると、そこには身長は190cm、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンのナイスガイの使い魔が立ち尽くしていた。

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