第25話『君はそれを幸せと言った。』
6時半過ぎに部屋に戻ってきたとき、801号室には沙奈会長しかいなかった。浴衣に着替えていた彼女はベッドの上で横になっていた。彼女の話では、5人で何とか一緒に部屋の温泉に入ることができたようだ。
「何か、玲人君の服からアリスさんの匂いがする……」
アリスさんが温泉に行って僕が監視しているのを頼んだものの、実際にはどういうことをしたのか気になるということなので正直に話した。
すると、沙奈会長は「いいなぁ」と呟いて、キスをしてくる。そこから、夕食に行く約束の7時近くまでずっとキスをして過ごしたのであった。
今日も夕食はホテルのレストランでバイキング形式。
昨日は郷土料理をメインに食べたので、今日は自分の好きな料理を中心に食べた。ホテルの食事はとても美味しいので贅沢な気分に。
みんなも美味しいものをたくさん食べられたのか、とても満足そうだった。
「はぁ、美味しかった。満足」
「沙奈会長もたくさん食べていましたもんね」
食事が終わって、僕と沙奈会長は801号室に戻ってきた。
「会長、何か飲み物を淹れましょうか?」
「ありがとう。でも、今はお腹いっぱいだからいいかな。ベッドで横になる。ねえねえ、そこのベッドで一緒にゆっくりしようよ」
「はいはい」
僕は沙奈会長に手を引かれて、彼女と一緒にベッドで横になる。
「えへへっ」
まるで、懐いた猫みたいに沙奈会長はベッタリとくっついてくる。デザートで抹茶のケーキを食べていたからか、会長の口元から抹茶の匂いがして。会長の匂いと混ざって……ドキドキしてくるな。
「沙奈会長。今夜はどうしますか? 昨日みたいに散歩に行きますか? それともゲームコーナーとか売店に行ったりします?」
「う~ん……まずはここで玲人君とのんびりしたいかなぁ。そうすれば、やりたいこととかが思いつくかもしれないからさ」
「……分かりました。今日は河乃湖ハイランドを歩き回りましたから、こうしたゆっくりとした時間を過ごすのもいいかもしれませんね」
BGMのような感覚でテレビを点ける。CMが放映されていたけど、東京の方では観たことのないものであり、山梨県内にあるお店のCMがあったりもした。いわゆるローカルCMってやつか。こういうのを観るのも旅行ならではかな。
「美味しいものを食べてお腹いっぱいになって、玲人君とこうしてベッドでのんびりできるなんて幸せだなぁ」
「……僕も幸せですよ」
「ね? でも、玲人君がもっと幸せになれる時間が来るかもしれないよ? そんな気がするなぁ」
「えっ? もっと幸せになれるんですか? そうですか……楽しみですね」
何を考えて沙奈会長が今の言葉を言ったのか全然分からないけれど、彼女の柔和な笑みを見る限り悪いことではないことは確かだろう。気長に楽しみにしておこう。
その後、沙奈会長にキスされたり、頬や首筋などにキスされたりしながらもゆっくりとした時間を過ごしていると、
――プルルッ。
僕と沙奈会長のスマートフォンが同時に鳴る。グループトークの方に誰かメッセージを送ったのかな?
確認してみると、僕の予想通り旅行メンバーのグループトークに琴葉からのメッセージが送られていた。
『レイ君! 沙奈さん! これから808号室に来てください!』
昨日みたいにトランプとかで遊ぶのかな? それとも、副会長さんが撮影した動画をみんなで観るとか?
「ふふっ、じゃあ……玲人君、行こうか」
「ええ」
今から行くというメッセージを沙奈会長が送り、僕達は801号室を後にする。まあ、何が待っているかは琴葉達が待つ808号室に行けば分かることか。
808号室の前に行ってインターホンを押すと、すぐに琴葉が部屋の扉を開けてくれる。
「いらっしゃい、レイ君、沙奈さん」
「お邪魔するわ」
「お邪魔します」
僕と沙奈会長は808号室の中に入る。僕達のようにテレビを観ていないのかな。とても静かだけど。
琴葉が和室の襖を引いたその瞬間、
「玲人君!」
「レイ君!」
「逢坂君!」
「玲人さん!」
「玲人!」
『16歳のお誕生日おめでとう!』
みんながそう言って、僕に向けてクラッカーを打ってきたのだ。
予想もしないことだったので、何が起こったのかすぐに理解できなかったけど……みんなの笑顔を見て、ようやく祝われているのだと分かった。その様子を副会長さんに動画撮影されていることも。部屋で沙奈会長が言っていた、
『でも、玲人君がもっと幸せになれる時間が来るかもしれないよ?』
というのはこのことだったんだな。
「玲人君?」
「あっ、いえ……まさか、ここで誕生日を祝われるとは思ってもいなかったので驚いちゃいました」
「サプライズ成功ですね! さっ、レイ君。主役の君を誕生日席に案内するよ!」
昨日の夜とは違って、いくつかふとんが畳まれており、そのスペースにテーブルが置かれている。その上にはショートケーキとコーヒーが置かれていた。
琴葉によって僕は誕生日席へと案内される。そして、僕を囲むようにしてみんなが座った。まだ夢を見ているようだ。
「ケーキやコーヒーまで……いつの間に準備していたんですか?」
「玲人君が夕方にお風呂に行っている間だよ。昨日の夜に行ったコンビニとかホテルの売店に行ってね」
「玲人と沙奈ちゃんが行ったコンビニ、かなり品揃えが充実していたね。このクラッカーもあのコンビニで買ったし」
そういえば、あのコンビニ……色々なものが売られていたな。まさにコンビニエンス。
「ああ、だからゆっくり入ってきてとか、ホテルの探検をしたらいいんじゃないかとか行ったんですね」
「そういうこと。ただ、みんなが部屋の温泉に入ったのは本当だよ」
「そうでしたか……」
もしかしたら、アリスさんを僕のところに行かせたのは、浮気しないかどうかの監視だけじゃなくて、早く部屋に戻ってしまわないためでもあったのかも。
「レイ君、このことについては昨日の夜、レイ君と沙奈さんが帰った後に4人で話したんだ。レイ君の誕生日は4月4日だけど、あたしが意識を取り戻したのは10日くらい前だったから。それで、この旅行中にレイ君の誕生日をお祝いしたいなってみんなに相談したの。そうしたら、みんなもやろうって言ってくれて。お祝いをするなら今夜しかないって。ちなみに、沙奈さんには今朝伝えたの」
「そうだったんだね。そんなことをみんなが考えてくれていたなんて全然気付かなかったよ」
河乃湖ハイランドで、琴葉が副会長さんや真奈ちゃんと一緒に話していることが多かったのは、もしかしてこのことが理由の一つだったのかな。
「玲人さんに気付かれずにちゃんとできて良かったです!」
「そうだね、真奈ちゃん。沙奈ちゃんもちゃんと隠し通せたみたいだし」
「……その言い方ですと、あまり信用されてなかったように聞こえるのですが、樹里先輩」
「そんなことはないよ。ただ、沙奈ちゃんって逢坂君と2人きりになると、色々なことをペラペラ喋っちゃいそうなイメージもあって」
「まあ、玲人君と2人きりだと気持ちが舞い上がっちゃうのは認めますけど、口は堅い方だと思っています……よ?」
「どうしてそこで疑問系になるんですか、沙奈会長。今日は普段通りでしたから、こういうサプライズがあるとは全然思いませんでしたよ。沙奈会長は口が堅い人ですよ」
直前にもっと幸せになれるとか匂わせる発言はしていたけど。ただ、それも沙奈会長と一緒に気持ちのいい夜を過せることだと思っていた。
「さあ、逢坂君。ここでサプライズを受けての感想をどうぞ」
「えっ? そ、そうですね……」
みんなから注目されて、副会長さんにレンズを向けられていたら、普段なら言えることも言えなくなりそうだ。
「ええと……」
なかなか言葉が出てこないけれど、ここは素直に感謝の気持ちを言おう。
「16歳の誕生日を祝っていただいてありがとうございます。まさか、旅行中に祝ってもらえるとは思いませんでした。4月4日に16歳になったときは、1ヶ月後にこういった時間を過ごせるとは思ってもいなかったので、本当に嬉しいです。この1ヶ月間もそうですけど、これまでに色々なことがあって……」
気付けば、視界が揺らいでいた。頬に涙が伝う。それが分かると、色々な気持ちがこみ上げてくる。
「すみません。大げさかもしれませんけど、こういった時間を過ごせて本当に幸せです。ありがとうございます」
「……こちらまで涙が出てしまいそうな素晴らしいコメントでした。逢坂君、ありがとう」
そう言う副会長さんは目に涙を浮かべていた。涙って伝染しちゃうのかな。あと、みんな……優しい笑みを浮かべて温かな視線を送ってくれるけれど、凄く恥ずかしい。
「レイ君ってこんなに涙もろかったっけ? 麻実ちゃん」
「全然。昔は琴葉ちゃんの方が泣き虫だったよ。ただ、玲人も歳を取って涙腺が脆くなったんだと思うよ」
歳を取ったって、僕は1ヶ月前に16歳になったばかりだぞ。まあ、昔よりも涙もろくなった気はするけど。
「クールな玲人さんが感情を表して涙を流すなんて、何だかキュンと来ちゃいます! 玲人さん可愛い……」
「どうだ、見たか真奈。これが私の彼氏なんだよ。底知れぬ魅力があるでしょ。私も今の玲人君の涙にはキュンと来たけど」
まさか、可愛いと言われるとは思わなかった。まあ、からかわれてしまうよりかはマシだけれども。
「じゃあ、ケーキをいただきますね」
僕はみんなが買ってくれたショートケーキを一口食べる。
「……美味しい」
オーソドックスないちごのショートケーキだけど、今まで食べた中で一番美味しいかもしれない。そして、ブラックコーヒーも。
みんな、本当にありがとう。美味しくいただきました。
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