第26話『チョコレート狂騒曲』
みんなから誕生日を祝われるというサプライズもあり、いつになく泣いてしまった。買ってくれたショートケーキもブラックコーヒーも美味しかったな。
5人から誕生日プレゼントとして、河乃湖ハイランドのゆるキャラとなっている猫のぬいぐるみをもらった。小さい頃から僕は猫が好きで、そのことを琴葉と姉さんが覚えていたそうだ。
「まさか、逢坂君が猫が大好きだとはね。犬よりは猫派なイメージがあるけれど」
「玲人君は木に登って降りられなくなった猫を助けるほどですからね。まあ、私はその様子を見て一目惚れをしたんですけど」
「そんなことを前に言っていたね、お姉ちゃん」
あの出来事が全ての始まりと言ってもいいかもしれないな。会長達の今の話を聞いたら、僕が助けたあの猫にまた会いたくなってきた。元気にしているだろうか。
「そうだ、ホテルの売店で美味しそうなチョコがあったから買ったんだ」
姉さんがテーブルの上に箱に入ったチョコレートを出してくる。一粒一粒アルミで包装されていると高そうなイメージがあるけど。
「これ、みんなで食べようと思って姉さんが買ったの?」
「そうだよ。玲人にはケーキがあるけれど、みんなには何もないのも寂しいし。それに、玲人ってチョコレートは大好きだよね?」
「うん、大好きだよ」
ホテルで売っているほどだから、かなり美味しいんだろうな。かなり期待してしまう。
「姉さん、ありがとう。じゃあ、いただきます」
『いただきまーす』
姉さんの買ってきてくれたチョコレートを全員で一斉に食べる。甘味と苦味のバランスが程良くて美味しいけど、
「姉さん、これ……ブランデーとか入っていない?」
チョコレートを噛んだら何か液体が出てきて、程なくしてお酒の匂いがしてきたのだ。
「どれどれ……あっ、玲人、大正解。包装紙のシールに『ブランデーが入っていますので、未成年の方やお酒の弱い方はご注意ください』って書いてある」
「……よく買えたね、姉さん。まあ、20歳未満が食べても大丈夫なように作ってあると思うけど」
そういえば、酒入りのチョコレートって、こういう風にアルミとかで包装されていたのが多かったような気がする。昔からこういうチョコレートを食べても、僕は体が多少温かくなる程度で済んでいるからいいけど、みんなは大丈夫なのかな。
「体が温かくなってきたよ、麻実ちゃん」
「そうだね、琴葉ちゃん」
琴葉と姉さんはお酒が入ると体が温かくなるタイプか。2人とも頬がほんのりと赤くなっている。普段以上に柔らかい笑みを見せていて。
「私は何だか眠くなってきたなぁ。河乃湖ハイランドにも行ったし、動画の撮影もやったからかなぁ」
副会長さんは眠くなるタイプなのかな。うとうとし始めている。いつも以上に笑顔になったり、眠くなったりするのはいいんじゃないだろうか。
さて、残るは如月姉妹。
「うん……」
沙奈会長も真奈ちゃんもとろっとした表情をしながら、チョコレートをモグモグと食べている。
「あれ……」
真奈ちゃんは次のチョコを食べたいのかアルミの包装を外そうとするけど、ブランデーに酔って手元が狂い始めたのかなかなか外すことができない。終いには不機嫌そう表情をして頬を膨らませる。かわいい。
「ねえ、玲人お兄ちゃん。チョコ食べたいからそっちに行っても……いいですか?」
真奈ちゃんに甘えた表情で見つめられ、猫なで声でそう言われたら断るわけにはいかない。それに、普段とは違ってお兄ちゃんって言っているし。
「うん、いいよ。こっちにおいで」
「……ありがとうございます」
てっきり、僕のすぐ側に座るかと思ったら、僕の脚の間に座ってきたのだ。まるで、僕が背もたれのようにして寄り掛かってくる。
「あぁ、気持ちいい。玲人お兄ちゃん、温かくていい匂いがしますね」
「お気に召したようで何よりだよ。今、包装を外すから待っててね」
「うん」
真奈ちゃんはやんわりとした笑みを浮かべながら頷いた。甘えるタイプかな。
「真奈ちゃん、本当の妹みたいですね」
「いずれはそうなりますよ、琴葉さん」
「レイ君と沙奈さんが結婚すればそうなるね。そう遠くはなさそう」
琴葉は楽しげな様子でそう話した。
真奈ちゃんがいるとちょっとやりにくいけど、チョコレートの包装を外すことは難なくできた。
「はい、真奈ちゃん、あーん」
「あ~ん」
何だかこうしていると、猫に餌を与えているような感覚だ。
「……美味しいです」
「そうだね。ブランデーが入っているけど、美味しいチョコレートだよね」
「ええ。でも、ここまで美味しいのは玲人お兄ちゃんが食べさせてくれたからだと思います。優しいし、かっこいいし、可愛いし……ずっと真奈のお兄ちゃんでいてくださいね」
「約束するよ、真奈ちゃん」
「……約束ですよ」
そう言うと、真奈ちゃんは僕の方に振り返ってきてにっこりと笑ってくれる。僕の胸の中に頭を埋めた。
「こうしていると、お姉ちゃんが玲人お兄ちゃんを好きになったのも分かる気がする……」
「……そうかい」
姉妹だからこそ感じることがあるのだろう。真奈ちゃんの頭を優しく撫でる。
「ふふっ、今のはバッチリと撮影させてもらったよ。レアな真奈ちゃんをね」
気付けば、副会長さんはニヤニヤしながら僕達のことを撮影していた。眠気が襲ってきても、普段とは様子が違うレアな光景は逃さないか。さすがは副会長さんだ。
「……真奈ばっかりずるい。玲人君は私の彼氏なんだよ?」
さっきの真奈ちゃんよりも不機嫌な表情をして僕のことを見る沙奈会長。僕と目が合った途端、彼女はチョコを持ってゆっくりと立ち上がり僕のすぐ側に座る。持っていたチョコを口に含んで数回ほど噛んだときだった。
「チョコ、一緒に食べよ?」
そう囁くと、沙奈会長は僕にキスしてきた。チョコを一緒に食べたいからか、最初から激しくした絡ませてくる。みんなの前でこんなことをするのは恥ずかしいな。ただ、ここには旅行メンバーしかいないし、酔ってもいるから無理に止めたりはしないけど。
しかし、キスして口の中が温かくなったからか、さっきよりもチョコの甘さがより強く感じる。しかも美味しい。
チョコが溶けきって単なるキスになってすぐに、沙奈会長はゆっくりと唇を離した。
「……ごちそうさま、玲人君。美味しかった?」
「とても美味しかったですよ」
「……嬉しい」
そう言うと、沙奈会長はとても嬉しそうな表情をして横から抱きしめてきた。
「……またいい映像を撮れましたぁ」
副会長さんは口元をニヤリとさせて、右手の親指をグッと上げる。沙奈会長との模様もバッチリと撮影されてしまったか。それにしても、この旅行の動画……見返す度に恥ずかしい想いをしそうだな。旅行に行ったメンバー以外には見せない方が良さそうな気がする。
「これがレイ君と沙奈さんのキスの味かぁ。……めっちゃ美味しい」
「チョコだからね、琴葉ちゃん。みんなが気に入ってくれて良かったよ。まさか、如月姉妹がここまで酔うとは思わなかったけど」
「まあ、将来のためにもここで知ることができて良かったよ、姉さん」
「将来のため、ねぇ。本当にしっかりとでっかくなったね、玲人。いい体つきにもなったし。沙奈ちゃんと支え合って生きていきなさいね。まあ、2人の姉さんとしてあたしも見守るけど。いや、3人のお姉さんになるんだね」
あははっ、姉さんは笑いながら僕の肩を何度か軽く叩いた。3人のお姉さんか。小さい頃は僕の妹じゃないかと思うこともあったけど、この旅行を通じて姉さんが頼れる大人のお姉さんであると本当に思えるようになった。
「お姉様!」
「麻実お姉ちゃん!」
「おおっ、未来のあたしの妹たちよ! 2人とも可愛いなぁ、よしよし。立派なお胸を持って、羨ましい限りだよ」
沙奈会長と真奈ちゃんに抱きしめられて、姉さんはとても嬉しそうだ。こうして見てみると……うん、姉さんが一番年下に見えるな。
「何だかほっこりするね、レイ君」
「ああ。何だか泣けてきた。ブランデーに酔っているからかな」
「さっき、麻実ちゃんが言ったでしょ。歳を取ったからだって」
「……そうかもな」
歳のせいだとしても、ブランデーのせいだとしても……嬉しい涙であることには変わりない。
「逢坂君の涙は美しく見えるね」
「……撮らないでくださいよ。恥ずかしいですって」
「これは失礼」
副会長さんはビデオカメラをテーブルの上に置き、頬杖をつきながらニコニコした表情で僕のことを見てくる。これはこれで恥ずかしいな。
「玲人君、また泣いているの? 私が君の涙を舐め取ってあげようか?」
「何を言っているんですか。いいですって、もっと恥ずかしいですから」
何だか、体が熱くなってきたな。気付けばみんなに見られているし。
逃げるようにしてバルコニーに出て、涼しい風を感じながらみんなが買ってきてくれたブラックコーヒーを飲むのであった。
午後9時半過ぎくらいに、僕は酔った沙奈会長とプレゼントでもらったぬいぐるみを持って801号室に戻ってきた。
ブランデー入りのチョコレートをたくさん食べたからか、今でも沙奈会長は酔いが残っていた。ベッドに横にさせる。
「あぁ、気持ちいい。でも、何だか体が熱いなぁ」
「ブランデーに酔ったからでしょう。すぐにお水を持ってきますので、ちょっと待っていてくださいね」
「はーい。おねがいしまーす」
酔っ払っているときは普段以上に甘えんぼになるけど、それはそれで可愛いからいいか。ただ、将来お酒を呑むならこういったプライベートな空間での方が良さそうだな。
水を持って戻ってくると、体が熱いからか沙奈会長は浴衣を脱ごうとしていた。
「浴衣を脱いでしまう前にまずはお水を飲んでください。結構冷たいですよ」
「ありがとう、玲人君」
僕がコップを渡すと、沙奈会長は水を一気に飲み干した。そういえば、父さんも呑み会から帰ってきたときはいつも、真っ先にコップ一杯の水をゴクゴク飲んでいたっけ。お酒を呑むと喉が渇くのかな。
「……玲人君」
「何ですか?」
すると、沙奈会長は顔を真っ赤にして僕のことを見つめ、
「私、酔っている間に恥ずかしいことをしちゃったんだね……」
そう言って僕に空のコップを渡すと、恥ずかしさのあまりか枕に顔を埋めてしまう。どうやら、水を飲んだことで酔いがすっかりと覚めたようだ。あと、酔っている間の記憶が残るタイプみたい。
「色々なことをしていましたが、琴葉達はそれをネタに馬鹿にするようなことはしないと思いますから大丈夫ですよ。それにその……だから何だよって思うかもしれませんが、恥ずかしいのは僕も一緒ですから。あと、あの口づけで味わったチョコは今までの中で一番美味しかった気がします」
「……私もあのときのチョコが一番美味しかったって思ってる」
「そうですか。同じで嬉しいです」
沙奈会長の頭を優しく撫でる。さっき、体が熱いって言っていただけあって、普段よりも温かい気がする。
「ねえ、玲人君。お願いがあるんだけれど」
「はい、何ですか?」
すると、沙奈会長はゆっくりと起き上がって、
「シャワーで汗を流したら、その後は寝るまでずっと玲人君と……したいな」
上目遣いでそう言い、可愛らしくはにかんだ。
「……いいですよ。明日に影響がない程度にしましょうか」
「……ありがとう」
沙奈会長は嬉しそうな笑みを浮かべて僕のことを抱きしめ、そっとキスしてきた。まだまだ、チョコの甘い匂いはしっかりと残っていた。
その後、僕と沙奈会長はシャワーを浴びて、たっぷりと愛し合った。酔いが残っていたのか、昨日以上のふんわりとした沙奈会長の笑みがとても印象的で。
16歳になってからの1ヶ月の間に色々なことがあって、そのことでたくさんのものを得たけど、その中でも沙奈会長という人と一緒に生きようと決めることができたのはとても大きなことだと改めて思った。それはとても幸せなことでもあると。愛おしい気分に浸りながら、僕は沙奈会長を抱きしめて眠りにつくのであった。
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