第56話『人猫間女子』

「お邪魔しました」

「じゃあ、玲人君のお家へ泊まりに行ってきます!」


 沙奈会長のご家族から、僕が沙奈会長と交際をする許可をいただけた。僕は沙奈会長と一緒に帰路に就く。


「荷物持ってくれてありがとね」

「いえいえ」


 1泊にしては結構な量な気がするけど、女の子は色々と持っていきたいものがあるのだろう。


「ふふっ、これから玲人君のお家でお泊まりだ」

「嬉しそうですね、沙奈会長」

「もちろん! 大好きな恋人のお家に泊まるんだもん。2回目でも嬉しいよ。それに、恋人になってからは初めてだし……」

「……そうですね」


 先週とは違って、もう沙奈会長とは恋人として付き合っているんだ。前回とは違う夜を過ごすことになるのかな。


「素敵な夜にしたいよね。私、色々と準備をしてきたから。そのバッグの中に入ってる」

「……そうですか」


 どんなものが入っているのか気になるけれど、知ったら不安な夜にしかならない気がするので何も訊かないでおこう。

 ようやく歩き慣れてきた道も、沙奈会長という恋人が隣にいるだけで初めて行った旅先の道を歩いているようだ。沙奈会長のお泊まり荷物を持っているというのもあるだろうけれど。


「旅行か……」

「どうしたの、玲人君。旅行って言ったけど」

「いつかは沙奈会長と一緒にどこか旅行へ行きたいと思って。5月の連休はもうすぐなので無理かもしれませんが、夏休みとか」

「うん、一緒に行きたいね! 海で遊ぶのもいいし、どこか温泉地に行ってのんびりするのもいいし。それで、ふとんやベッドの中で玲人君と……」


 さっそく想像しているのか、沙奈会長は楽しげな様子。来年は沙奈会長が受験なので、今年の夏休みに会長とどこか旅行へ行きたいな。


「旅行はしばらく行っていなくて。僕、中学の修学旅行は2年生の秋に行く予定だったんですけど、逮捕されちゃったので行けなかったんですよ。沙奈会長は恋人ですけど、高校の先輩でもあるので……同じ学校の人と旅行に行くということには憧れがあるんですよね」

「なるほどね……」


 中学の修学旅行に行けなかったのは琴葉も同じだけど。行き先は京都だった。清水寺とか、金閣寺とか実際に見てみたかったな。京菓子を堪能したかったな。琴葉も楽しみにしていたっけ。


「じゃあ、近いうちに一緒に旅行に行こっか。ちなみに、中学校の修学旅行でどこへ行くつもりだったの?」

「京都です。確か2泊3日だったと思います」

「関東地方の学校なら王道だね。あたしも中学の修学旅行は京都だったよ。それを考慮して色々と考えてみるよ」


 よし、と沙奈会長はやる気に満ちた表情。もしかしたら、来週の連休に会長と泊まりがけでどこかに行くことになりそうだな。確か4連休なので、会長と一緒に何か思い出を作りたいと考えている。

 旅行とかの話をしていると、家の近くの公園が見え始めてきた。今はあそこに僕が助けた猫はいるのかな。アリスさんは……いるのかな。


「あら、逢坂さんに如月さん。こんにちは」


 いつものベンチでアリスさんが茶トラ猫と戯れていた。菅原と決着を付けられて、琴葉の告白も見届けたので、もう姿を現さないのかと思ったけど。見慣れた光景をまた見られて嬉しいな。


「僕達も座っていいですか?」

「もちろんですよ」


 僕と沙奈会長はベンチに座る。3人で座るのは初めてだけど、このベンチは3人くらいがちょうどいいな。


「にゃーん」

「おっ、僕のところに来るか?」


 アリスさんの隣に座ってすぐ、茶トラ猫は僕の方に移動してくる。ここまで懐いてくれると本当に可愛いよ。


「よしよし」

「ふふっ、やはりこの猫ちゃんは助けてくれた逢坂さんのことが一番好きなんですね」

「一番好き……」


 アリスさんの言った言葉に何を思ったのか、沙奈会長は真剣な表情をして猫のことを見ている。


「玲人君。この猫ちゃんってオスなの? メスなの?」

「どうでしょうね。全然気にしていませんでした。ちょっとごめんね……」


 茶トラ猫のお尻を見てみると……うん、ないな。


「この猫はメスですね」

「そっか……」


 すると、沙奈会長は茶トラ猫に顔を近づけて、


「いいかな。あなたは玲人君からとても可愛がられているけど、玲人君の彼女は私なんだからね。私は玲人君をずっと見てきたの。そんな私に玲人君は一緒に幸せになろうって言ってくれたんだよ。いい? しっかりと覚えなさい。玲人君の彼女は私。玲人君の彼女は私。玲人君の彼女は私。玲人君の彼女は――」


 その後も僕の彼女は自分であると茶トラ猫に言い聞かせ続けている。僕が可愛がっている茶トラ猫でも、女の子だと嫉妬してしまうのか。それとも、茶トラ猫に可愛がっている分、自分も可愛がってほしいというメッセージなのだろうか。


「如月さん、やはり愛情が深すぎますね。キスのミッションくらいから、とんでもない行動は減っていったような気がしていたのですが」

「そ、そうですね」


 思い返せば、ミッションをこなしていくうちに、沙奈会長の度の超えた行動は減っていったような気がする。生徒会に入ったり、僕の家に泊まったりするなどして、僕と一緒にいる時間が多くなったからかもしれないけど。


「にゃーん」


 沙奈会長の言うことをまるで無視するかのように、僕の脚の上でゴロゴロし、頭をすりすりさせてくる。


「この猫、ここまで可愛がられるのは自分だけだって言っているような気がする。ねえ、玲人君。あそこの木に登った私を助けてくれれば、私はこの猫ちゃんよりも玲人君と深い関係になれるのかな?」

「いやいや、そんなことをする必要はないですよ。今の時点で、沙奈会長の方がこの猫よりもよっぽど深い関係ですって」

「……そう言っている中で、猫ちゃんのことを撫でているじゃない」

「猫ですからね。撫でていると気持ちいいし……」

「猫だけれど女の子だもん」


 沙奈会長は頬を膨らませて不機嫌な様子になってしまう。彼女にとっては種類なんて関係なく、僕が女性と楽しく戯れていることが嫌なのだろう。


「まったく、本当に嫉妬深い会長ですね」


 僕は沙奈会長の頭も優しく撫でる。猫も女性だと考えているのは素敵じゃないかと思う。


「猫の毛もいいですけど、やっぱり沙奈会長の髪の方が僕好みですね。柔らかいし、温かいし、何よりも会長のいい匂いがする」

「……ほんと?」

「ええ、もちろんですよ。あと、猫は癒やされるという意味で好きなんです」

「そっか。それなら……いいよ。うん、何だか安心した」


 沙奈会長は茶トラ猫に向かってドヤ顔を見せる。メスの猫を相手にここまで本気になれるのは微笑ましいな。


「そういえば、アリスさんはこれからもこの世界に遊びに来るんですか?」

「ええ。琴葉と親友になりましたし、猫仲間という意味でも逢坂さんとお友達になれましたからね。ただ、あたしのいる世界の子とも友達を作りたいので、これまでよりは会いに来る回数は減るかと思います」

「そうですか、分かりました。向こうの世界でお友達ができるといいですね、アリスさん」


 頻度は減っても、これからもアリスさんと会えるというのは嬉しいな。そのときは沙奈会長に誤解されないように気を付けなければ。


「玲人君。この猫と戯れるのは大目に見るけど、アリスさんと……イ、イチャイチャしたりするのは許さないから」

「しませんって」

「ふふっ。逢坂さんのことは素敵な方だと思っていますけど、如月さんの彼氏であり、琴葉の好きな人です。イチャイチャしたりはしませんよ。逢坂さんと一緒にこの猫ちゃんと戯れることはあるかもしれませんが」

「……分かりました」


 これまでアリスさんとは様々なことがあったから、沙奈会長も彼女には色々と思うところがあるのだろう。


「じゃあ、そろそろ僕達は帰りましょうか」

「うん」

「猫はアリスさんに渡しますね。またな」

「にゃーん」


 茶トラ猫をアリスさんの膝の上に動かすけど、さっきのようにゴロゴロしたり、アリスさんにすりすりしたりしている。


「アリスさん、それではまた」

「ええ。またいつか会いましょう」


 アリスさんは出会ったときのような優しい笑みを浮かべながら、僕らに手を振った。

 僕は沙奈会長と一緒に公園を後にして、再び僕の家へと向かい始める。


「もし、猫に触れたくなったら、いつでも私に言ってきてね。猫耳カチューシャは持ってきてあるから」

「……分かりました」


 どうやら、僕が助けたあの猫への対抗心はまだあるらしい。猫耳のカチューシャが持ってきているということは、ウサギやオオカミのカチューシャもありそうだな。

 それから程なくして、僕達は自宅に到着した。


「ただいま~」

「お邪魔します。今日はお世話になります」


 自宅の中に入ってすぐに僕と沙奈会長がそう言うと、僕の家族が続々と笑顔で出迎えてくれる。この様子だと、僕と沙奈会長が付き合い始めることを姉さんが話したな。


「麻実から聞いたよ。玲人、如月さんと付き合うことになったんだってな」


 やっぱり。


「そうだよ、父さん。さっき、沙奈会長の家に行って、彼女のご家族から交際を許可してもらったよ」

「そうか。如月さんなら玲人のことを幸せにできるだろう。昔は琴葉ちゃんが玲人の奥さんになるかと思ったんだけどな。ただ、今回のことで如月さんが玲人の支えになっていたことは、俺達は分かっているよ。如月さん、玲人のことをよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 沙奈会長と父さんは深く頭を下げている。これで両家公認のカップルになったわけだ。


「よっしゃあ、母さん! 今夜の赤飯は事件解決だけじゃなくて、玲人と如月さんの交際スタート記念も兼ねて炊くぞ! もち米は大丈夫か?」

「たくさん買ってきてあるから大丈夫よ! 今から炊くわ!」

「お父さんもお母さんも張り切ってるなぁ。今でさえこれなんだから、2人が結婚したり、2人の間に子供が産まれたりしたらどうなるんだか」


 落ち着いていた如月家とは違い、逢坂家は賑やかだった。それでも、僕と沙奈会長の交際を温かく受け入れてくれたのは同じで。その嬉しさを沙奈会長と分かち合った。


「歓迎されちゃったね、玲人君」

「そうですね。ただ、沙奈会長のことは以前から気に入っていたようです」

「それは嬉しいことだね」


 部屋に入った途端、僕は沙奈会長にぎゅっと抱きしめられる。


「玲人君、凄く幸せな気持ちだよ」

「……そうですか。僕も幸せですよ」

「良かった。ねえ、玲人君。目を瞑ってくれない?」

「分かりました」

「私がいいって言うまで、絶対に開けちゃダメだからね」

「はいはい」


 僕は沙奈会長の言うとおり、ゆっくりと目を瞑った。彼女のことだからきっとキスをしてくるんだろうな。

 ――カチャ。カチャ。

 キスをするとは思えない金属音が聞こえるのは気のせいだろうか。あと、脚のあたりが何かで巻き付けられているような気がするけど。


「そーれっ!」


 そんな会長の声が聞こえた途端、僕は何かに勢いよく押されて仰向けに倒れてしまう。ベッドの近くに立っていたから良かったけれどさ。

 開けていいとは言われていないけど、目を開けるとそこには興奮した沙奈会長が。


「今までは恩田さんがいたから遠慮していたけど、玲人君の彼女になったからそんな必要はないよね」

「会長、一体何を……」


 って、両手に手錠でかけられているぞ! さっきの金属音はこれだったのか! 足をバタバタしようとするけれど、ろくに動かない。あと、手錠って一般人が手に入れることってできるんだな。


「玲人君と付き合うことになったら、一度、身動きを取れなくさせて玲人君を堪能したいと思って。想像の中ではもう何度もやっているよ。体のあちこちにキスするの。そのときの玲人君は顔を赤らめていてね。時々漏らす声がたまらなく可愛いんだ……」


 僕の想像を絶するようなことをしてくるから恐ろしいよ。今もうっとりとした様子で僕を見つめてくるので、その恐ろしさに拍車がかかる。


「だから、実際はどうなのか確かめさせて? 私、事実に勝る妄想はないと思っているの」


 それ、羽賀さんが菅原博之に言った言葉のパクリじゃないか。


「会長、一方的に僕を堪能してもつまらないのでは?」

「あとで私のことも堪能してもらうつもりだから。大丈夫、匂いを嗅いだり、キスをしたりするだけだし。じゃあ、恋人になった玲人君をいただきまーす!」


 その後、僕は身動きが取れないまま、沙奈会長にたっぷりと堪能された。約束通り、匂いを嗅いだり、何度かキスをされたりして。

 会長がとても嬉しそうな顔をしてくれるのであまり嫌だとは思わない。こういう人とこれから付き合っていくのだと、体で教えられたような気がしたのであった。

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