第43話『僕等の唄』
「わ、私の方が好みってどういうことかな?」
扉の前に立っている沙奈会長は、頬を赤らめながら僕を見つめてくる。ゴンと2人きりだから正直に答えたのに、どうしてこんなタイミングで沙奈会長達が戻ってきてしまうのか。面倒臭い展開になりそう。
「ほら、沙奈ちゃん。とりあえず部屋の中に入って」
「す、すみません」
沙奈会長と副会長さんが部屋の中に入ってくる。
僕、沙奈会長、副会長さんはテーブルを介してゴンと向かい合うようにして座る。僕らが3人で座っても余裕なのに、ゴンの方は1人で座ってもちょうどいいサイズに見えるのはなぜなのか。
「はい、玲人君。アイスコーヒー」
「ありがとうございます」
「大山さんはコーラね」
「あざっす!」
この声のデカさなら、ゴンはマイクいらないな。むしろ、マイクを持たせたら僕らの耳やスピーカーが破壊されてしまう恐れがある。
僕はアイスコーヒーを一口飲む。こういうところで飲むコーヒーも美味しいんだな。このままブラックもいいけれど、沙奈会長がガムシロップとミルクを持ってきてくれたので、今日は甘めのコーヒーにするか。
さてと、せっかくカラオケに来たんだから何か歌わないと──。
「それで、何の話をして、玲人君は私の方が好みって言ってくれたの?」
このままカラオケに進もうと思ったのに。
「ゼロに訊いたんすよ。如月姐さんと笛吹姐さんならどっちが好みなのかって。そうしたら、ゼロは如月姐さんの方が好みだって言ったッスよ」
「あらぁ」
沙奈会長は嬉しそうな表情をして僕にベッタリしてくる。そのことで彼女の温もりや柔らかさや匂いを感じる。これがいいなと思ってしまう。
「良かったね、沙奈ちゃん」
「はい!」
「でも、ゼロは笛吹姐さんのこともいい人だと言っていたッスよ」
「僕には姉がいますからね。2人とも、頼りがいのある優しいお姉さんって感じがしていいなと思っています」
「ふふっ、逢坂君は年上の人が好みなんだね」
年上の人が好み……なのかな、僕。昔は姉さんや琴葉とよく一緒に遊んでいたから、同い年か年上の人だと気楽だな。
「ねえ、玲人君」
「はい」
「……何だかドキドキするね。個室でこうして密着していると」
「そ、そうですね」
副会長さんやゴンのいる前でそう言ってくることにドキドキするよ。周りが見えないのか。それとも、そんなことは気にしないのか。はたまた、副会長さんよりも自分の方が好みと言われて嬉しかったのか。
「ははっ、ゼロは如月姐さんに好かれてるなぁ」
「ま、まあね……」
「……良かった。ゼロが高校生活を楽しんでいるようで」
「……ああ。沙奈会長と副会長さんのおかげで、今でも何とか高校に通えているよ」
もし、生徒会に入っていなかったら。入っていても、この2人が生徒会メンバーでなかったら。僕は月野学園高校に毎日通えてなかったのかもしれない。
「ねえ、大山君」
「何すか? 笛吹姐さん」
「こういうことを訊いていいのか分からないけれど、逢坂君とは刑務所で出会ったって言ったけれど、大山君はどうして刑務所に?」
「飲食物の万引きと食い逃げをたくさんしたッス。俺、滅茶苦茶食べるんすけど、全然金を持ってなくて。食って、逃げて、捕まって……の連続で。だから、ついには実刑を喰らっちまって。最初の服役中にゼロと出会ったんすよ」
「そうだったの……」
出会った頃のゴンも、今みたいに犯罪を何度もしたとは思えないくらいに明るくて、気さくに話してくる男だった。
「ゼロと出会って間もなく、俺は出所したッス。今度はゼロが自由の身になったときに再会しようと約束して。でも、すぐにまた食い逃げしちまって……また刑務所に戻ってしまったッス。それで、ゼロと再会したときに、どうしてここでまた会うことになるんだって物凄く叱られて」
あのとき、独房からゴンらしき姿を見つけたときは、信じられない想いでいっぱいだった。声をかけてゴンだと分かったときはその想いがすぐに怒りに変わって。激怒した後、看守にきつく叱られたな。
「ただ、ゼロのその一言ではっとなったッス。強く頬を叩かれたような気がして、考え方が変わったッス。二度目の服役を終えてからは、社会人になり、ずっと心配してくれた同い年の女の子と付き合うようになったッス。もちろん一度も犯罪はしていないッスよ」
「じゃあ、玲人君のおかげで今があるのね」
「ええ。今があるきっかけを作ってくれたのは間違いなくゼロッス。感謝しているッス。恩人とも言えるッス。そして、今も健康に暮らせているのは、付き合っている彼女のおかげでもあるッスよ」
右手で頭を掻きながら、ゴンははにかんでいる。どうやら、ゴンは自分なりの幸せを掴んだようだ。そのきっかけが僕であることは嬉しい。
「就職直後は職場の人間から色々と変な目で見られたッスけど、今は普通に働くことができているッス。……そういえば、ゼロの記事は昨日くらいからネットで見るようになったけど、何があったんだ?」
「高校生になってからの僕の写真がSNSに投稿されたんだ。その投稿の返信の中に、2年前の幼なじみをケガさせて逮捕された逢坂玲人だって返信した奴がいたんだよ。それが幼なじみのいじめの首謀者の菅原っていう男だったんだ。その後のやりとりで、僕が今、月野学園に通っていることもネットに出ちゃって。それがマスコミ関係者にも知られたんだ。過去に逮捕歴のある少年の今について特集したかったんだろう」
「そういうことだったのか……」
「昨日の放課後に、菅原と会って。僕の写真を偶然見つけたから、ひさしぶりに僕をいじることを楽しみたいらしい」
「……ゲスな野郎だな。目の前にいたらぶん殴りてえ。殴らなかったのか?」
「殴ったらきっと、今、僕はここにいなかったと思うよ」
それこそ、傷害罪で逮捕されるんじゃないだろうか。それで、前科があることを理由に懲役刑を喰らいそうな気がする。
「入学して、1ヶ月くらい経って高校生活にも慣れてきた頃だろうに。かなり面倒な奴に絡まれることになっちまったな」
「ああ。これまでに色々とあったし、穏やかな高校生活を送りたいから、できるだけ早く彼とは決着を付けたいと思っているよ」
菅原をこれ以上好き勝手にさせるわけにはいかない。もしかしたら、今も彼や彼の取り巻き達によって苦しめられている人がいるかもしれないし。
「何かあったら、遠慮なく相談してくれよ、ゼロ」
「……ありがとう、ゴン」
今のところはゴンに協力してもらう予定はないけれど、琴葉の入院している病院の近くに住んでいるのは心強い。そのことで今後、ゴンの力を借りることになるかも。
「さあ、せっかくカラオケに来たんすから、何か歌いましょうよ!」
「そうね。玲人君や大山さんから入れていいけれど」
「俺は何を歌おうか迷っているのでまだいいッス。せっかくッスから、如月姐さんや笛吹姐さんの歌声が聴きたいッス! ゼロもそう思わないか?」
「確かに。それに、2人がどんな感じの歌声なのか興味があります」
まともに歌えるかどうか不安だから、むしろ3人の歌をずっと聴いていたいくらいだ。
「2人がそう言うなら。樹里先輩、何か一緒に歌いますか?」
「そうだね。沙奈ちゃん、この曲は知ってる? デュエットだって」
「この曲大好きです!」
「うん、じゃあ一緒に歌おう!」
その後は4人でたくさん歌った。
沙奈会長と副会長さんはとても歌が上手で。ゴンはあまり音程が取れていないけれど、味わい深い声なので意外と聴き入ってしまう。
意外と盛り上がったのが全員知っている合唱曲。4人で歌っているとき、嫌な思い出ばかりの中学時代にも楽しかったことはあったと思えて。
ゴンの電話をきっかけにいい気分転換ができたのであった。
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