第44話『決意の夜』

「ひさしぶりにたくさん歌ったぜ。3人のおかげでとても楽しかったッス!」


 午後6時半過ぎ。

 カラオケボックスで2時間ほど歌って外に出ると、すっかりと日が暮れていた。さすがに僕のことを待っているマスコミ関係者らしき人はいない。

 ゴンは大満足の様子。沙奈会長も副会長さんもとても楽しそうだった。


「それなら良かった。ゴンが誘ってくれたおかげで、僕もいい気分転換ができたよ」

「そりゃ良かったぜ!」


 明日からの3連休の間にミッションを達成しないといけないから、そのための英気を養うことはできたかな。


「私達も楽しんじゃったね、沙奈ちゃん」

「そうですね。みんなで一緒に歌って楽しかった」


 やはり、2人にとっても楽しい時間になったようだ。4人で遊んで正解だったな。

 気付けば、沙奈会長は僕のすぐ側まで寄ってきており、


「今度は2人きりで来ようね。そのときは……色々なことしよっか」


 耳元でそう囁くと、嬉しそうな笑みを浮かべながら僕を見つめてきた。変なことを企んでいるのが目に見えているので、2人きりではあまり行きたくない。


「色々なことが解決してから考えますよ」

「分かった。じゃあ、そのときになったらまた誘うね」

「……はい」


 ここではぐらかせば、いつかきっと忘れてくれるだろう……というのは沙奈会長には通用しないようだ。


「じゃあ、俺はこの辺で失礼するッス。ゼロ、何かあったら連絡くれよ」

「ああ、分かった」

「大山君は電車なんだっけ。私も電車だから駅まで一緒に行こうか」

「うっす! 笛吹姐さん」

「今度会うのは5月になってからかな。沙奈ちゃんも逢坂君もいい3連休を過ごしてね。何かあったら私に連絡してくれてもいいから。じゃあね」


 副会長さんは僕らに手を振って、ゴンと一緒に駅の方へ向かっていった。

 今度会うときは5月……か。もしそうだとしたら、そのときは平和な状況の中で副会長さんと会いたいな。


「私や樹里先輩は年下なのに『姐さん』って呼ぶなんて。大山さんも面白いよね」

「そうですね」


 職場でもそんな感じで呼んでいそうな気がする。男の人には「兄さん」とか言っていたりして。ゴンならそうしていそうだ。


「副会長さんと一緒に帰っているところを彼女さんに見られて大丈夫ですかね」

「誤解される可能性はゼロじゃないだろうね。でも、4人で撮影した写真もあるし、彼女さんに玲人君と遊ぶことを話しているみたいだから、きっと大丈夫よ。帰る方向も一緒なのかな。樹里先輩の家の最寄り駅は八神駅だけれど」

「ゴンは四鷹駅って言っていました」

「じゃあ、反対方向だから駅までだね」


 八神駅は四鷹駅とは反対方向にあるのか。そういえば、この前お見舞いに行ったとき、途中の駅に八神という駅名はなかったな。


「そういえば、明日から3連休だけど、私達にはミッションがあるから大変な休日になりそうだね」

「ええ。早く決着をつけられることに越したことはありませんけどね」

「うん。何かあったら連絡してきてね」

「はい」


 この3連休の間に良い方向にも、悪い方向にも事態が大きく動く可能性がある。時間はあまりないけど、よく考えて動かないと2年前のようなことになりかねない。


「沙奈会長」

「うん?」

「……頑張りましょう」

「うん!」


 相手は菅原だ。僕と関わりのある人物だと知ったら、沙奈会長に何をしてくるか分からない。ミッションを課せられているとはいえ、彼女にはあまり関わらせたくないけど、側にいてくれると安心できるのも事実。一緒に立ち向かおう。


「じゃあね、玲人君」

「はい」


 僕は1人……帰路に就く。マスコミ記者の目もなく、穏やかな気分で歩けている。早く決着を付けて毎日平和に過ごしたいものだ。

 もうすっかりと日が暮れたということもあってか、途中の公園で茶トラ猫と会うことはなかった。もちろん、アリスさんとも。


「猫仲間として、またアリスさんと話がしたいな……」


 異世界には猫がいるのだろうか。それとも、似たような動物がいるのかな。もしいるなら一度でいいから見てみたい。

 家に帰ると、食欲をそそられるカレーの匂いが。もう夕ご飯の時間か。凄くお腹が空いてきた。


「玲人、おかえり」

「ただいま、母さん」

「カラオケに行って気分転換できた?」

「うん、楽しかったよ」

「それなら良かった。お父さんもついさっき帰ってきたし、そろそろ夕ご飯にするから玲人も早く着替えてらっしゃい。今夜はカレーだよ」

「ああ、分かった」


 父さん、今日は早いんだな……と思ってスマートフォンを見てみると、時刻は午後7時過ぎだった。昼以降、父さんから連絡はなかったけれど、何も進展していないのかな。

 今日も家族全員で夕食を食べることに。


「玲人。例のことだけれど」

「うん」

「昼休みに、氷室君に2年前の事件のことを話して、午後に彼から親友の警察官に相談してもらったよ」

「そっか。それで、その警察の方からはどんな返事が来たの?」

「その刑事さん、以前から個人的に玲人が逮捕された事件に関心を寄せていたそうだ。重すぎる判決だからという理由で」

「あの裁判にも、菅原博之からの圧力がかかっていたからね」


 やはり、判決の内容がおかしいと考える警察関係者も中にはいるのか。事件当時から、僕が逮捕されることや、判決の内容ついて不適切ではないかという記事を出すメディアもあったそうだし。


「警察や司法が政治家の忖度や圧力で動いた可能性があるから、玲人さえ良ければ3連休のどこかで直接会って話を聞きたいそうだ。それによっては色々と動いてくれるらしい。どうだろう、玲人」

「そうだな……」


 今でも警察に対する不信感はある。

 ただ、例の刑事さんは過去に親友の氷室さんの誤認逮捕の真実を見つけたり、不正を暴いたりしている。そんな刑事さんのことを氷室さんはとても信頼しているようだ。

 それに、今月中に菅原と決着を付けなければならないミッションもあるので、このチャンスを逃すわけにはいかない。


「分かった。できるだけ早く決着を付けたいから、明日……その刑事さんと話がしたい」

「よし、分かった。さっそく、そのことを氷室君に電話で伝えるよ」


 父さんはスマートフォンを持ってリビングを出て行った。何かあったときのためにも、できるだけ早くその刑事さんと話がしたいと考えている。


「まさか、玲人の口から警察の人と話がしたいって言葉が聞けるなんて。正直、お姉ちゃん驚いたよ」

「もちろん、今だって警察に対して怒っている部分はあるよ。だけど、警察に協力を求めないと菅原と決着を付けられないから。彼の父親を逮捕や辞職もさせられない。氷室さんの親友の刑事さんはしっかりとしていて、2年前の事件に興味を持ってくれているんだ。こんなチャンス、滅多にないと思っているよ」


 それに、そんな刑事さんなら、菅原の父親からの圧力にも屈しないと信じている。期限内にミッションを達成するには、その刑事さんに頼るのが最も可能性のある道だと思ったから。


「確かに、玲人の言う通りかもね」


 姉さんはにっこりと笑ってカレーを食べる。


「玲人。今、氷室君と電話で話した。そうしたら、明日の午前中に氷室君と親友の刑事さんが家に来てくれることになった。時間は朝の10時過ぎだ。玲人、それまでに話す準備をしておきなさい。玲人のことだから、ある程度はまとまっているだろうけど」

「……ああ、分かった。ありがとう、父さん」


 2年前に琴葉と一緒に集めた証拠についてはまとめてあるし、昨日、父さんに渡した事件概要のメモを書いた際に情報は整理した。あとは明日、このことを氷室さんと刑事さんに話し、証拠を見せてどう判断されるかだな。

 夕ご飯を食べた後、沙奈会長へ明日の午前中に刑事さんが家に来てくれる旨のメッセージを送る。すると、


『じゃあ、私もその場に同席するからね』


 という返信が来た。やっぱり、というのが正直な気持ちだけれど、一緒にいてくれることに安心感を覚える。

 場合によっては明日中に決着が付く可能性もある。果たしてどうなるか。事態が少しでも良くなれば何よりだ。


「……覚悟しておけよ」

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