第42話『ゴン-後編-』

 沙奈会長と副会長さんが昼休みにほとんど仕事を終わらせたこともあって、放課後はすぐに生徒会の活動を終えた。

 ゴンに連絡をして、昼に話した通り月野駅の改札前で会うことにした。

 2人に迷惑をかけないためにも、校門前で待ち構えているマスコミ対策として、僕らは時間差で学校を出ることに。

 沙奈会長にカラオケボックスの場所を教えてもらい、僕はゴンを迎えに月野駅へ。沙奈会長と副会長さんはカラオケボックスに直接向かってもらう。

 僕が先に出て、穏便にマスコミを追い払い月野駅に向かう。

 すると、改札前にラフな恰好をした大柄な男が。ゴンだ。恐い雰囲気を出しているわけではないけど、体がとても大きいのでかなり目立っている。月野学園の生徒も何人か改札を通っていったけれど、そのほとんどがゴンの方に顔を向けていた。


「ゴン、ひさしぶりだな」

「おっ、ゼロじゃねえか!」


 ゴンは嬉しそうな様子で僕に手を振ってくる。相変わらず大きな声だ。そのせいで周りの人がビックリしているよ。

 体はがっちりとしていて、短髪。声も結構低くて味わい深いので、今年で20歳になる男とは思えないな。いい意味で年配者のような風格がある。


「いや、お前はゼロなのか? 髪が金色になってるけどよ」


 やっぱり、そこをまず言うか。目をパッチリとさせて僕のことをじっと見てくる。


「高校進学するときに髪は染めたけど、声は変わってないだろ。昼の電話では普通に話していたじゃないか」

「そうだったな。金髪でもゼロはイケメンだな、まったく。俺もゼロみたいな顔に生まれたかったぜ」

「そう言ってくれて嬉しいな」


 ゴンが金髪になるのが想像できないな。ただ、金髪にしたら今よりもさらに目立つのは確実だろう。


「思いの外、健康診断が早く終わったから、一度家に帰ってから月野駅に来たんだ。意外と俺の家の最寄り駅から月野駅まで近いんだな。電車1本で30分もかからなかった」

「そんなところに住んでるんだ。ちなみに、最寄り駅ってどこなの?」

「四鷹駅だよ」

「そうなんだ。僕、例の幼なじみのお見舞いに行っているんだけど、それが四鷹駅の近くにある病院でさ」

「国立東京中央病院か。俺も何回かケガや風邪で行ったことあるよ。独身向けの社宅が四鷹駅から歩いて10分くらいのところにあってさ。ワンルームなんだけど」

「へえ……」


 ゴンの体の大きさだとワンルームはかなり狭そうだ。

 四鷹駅が最寄り駅だと、これまで琴葉のお見舞いに行ったとき、四鷹駅の近くで会っていたかもしれないのか。


「そういや……ゼロ、お前1人で来たのか? 生徒会の女の子達も来るって言っていたけれど。仕事が終わっていないとか?」

「ううん、彼女達にはカラオケボックスに直接行ってもらってるよ。ほら、僕……マスコミに追われている立場だし。僕が先に学校を出たんだけれど、マスコミ記者が僕のことを待ち構えていてさ」


 今も遠くの方から僕の方を見てくる大人がいるし。髪が金色の月野学園の生徒は僕くらいしかいないから、探すのは容易いのだろう。ゴンなら体がデカくて迫力もあるので、何か会っても一発で追い払えるだろう。


「なるほど。お前も刑期を終えて、高校生活を穏やかに楽しく過ごす権利があるのにな。前科者ってだけで、どうしてここまでマスコミに追われなきゃいけないんだろうな。そんなに、前科者の今を世間に知らしめたいのかね」

「過去に罪を犯しているのに、普通に過ごしていることを悪く捉えているらしい。少なくとも、昨日……僕に取材をしようとしてきた週刊文秋はそんなスタンスで僕に話をしてきた。ゴンの方は大丈夫か?」

「就職してすぐに職場の人間にはちゃんと伝えたよ。最初は俺を変な目で見てくる奴もいたけど、一緒に仕事をしたり、飯を食ったりするうちに普通に話せるようになった。今年20歳になるから、誕生日を迎えたら呑もうぜって言ってくれる先輩もいるよ」

「お前らしいな。安心した」


 大らかな性格で、誰とでも気さくに話せるゴンだからこそできたことだろう。

 僕もゴンのようにクラスメイトと話して友達もできていたら、あそこまで強い疎外感を感じることもなかったのかな。


「ゼロと話したいことはたくさんあるけど、それはカラオケボックスに行ってからゆっくりと話そう。ゼロの連れてきた女の子を待たせちゃいけねえ」

「ああ、そうだな。場所は教えてもらったから、僕についてきて」

「おう」


 僕はゴンと一緒に沙奈会長と副会長さんが待っているカラオケボックスへと向かう。歩いて3分くらいの近さだ。

 カラオケボックスのエントランスに、沙奈会長と副会長さんの姿が。さすがにここまで来るとマスコミ関係者らしき人間はいない。


「沙奈会長、副会長さん。お待たせしました」

「うん。こちらの男性が刑務所で過ごしていたときに出会った?」

「初めまして、自分、大山太志といいます。今年で20歳になるッス。建築関係の仕事をしていて、今年の夏に20歳になるッス。ゼロ……逢坂とは刑務所で服役中に出会ったッス。こいつと、今付き合っている恋人のおかげで今の俺があるッス!」


 感極まったのか、ゴンは僕の背中を思い切り叩く。物凄く痛い。


「な、なるほどね。初めまして、私は月野学園高校の2年の生徒会長、如月沙奈です」

「3年の副会長、笛吹樹里です。初めまして」

「如月姐さんと笛吹姐さんッスね、覚えたッスよ。ゼロがお世話になってます。ゼロも俺にタメ口で話しているんで、姐さん達も気軽にタメ口で話してくださいッス!」


 沙奈会長や副会長さんのことを「姐さん」ねぇ。僕の高校の先輩だから、そういう風に呼ぶことにしたのかな。それとも、単なるクセなのか。


「分かったわ、大山さん。あと、気になったんだけれど、どうして玲人君を『ゼロ』って呼んでいるのかな?」

「玲人っていう名前からッスよ。数字の0はレイとも言うッスから。それに、こいつはイケメンで謎めいたところもありそうだから似合うかなと思ったッス」

「確かに、玲人君はミステリアスなところがあるよね」

「出会って間もない頃は特にそうだったよね」


 あまり周りの生徒とは関わりを持たないようにしていたし、特に2年前の事件については意図的に隠していたからな。沙奈会長や副会長さんが、僕のことをミステリアスだと思っているのは自然なのかなと思う。


「そういえば、お昼の電話でも逢坂君は大山君のことを『ゴン』って呼んでいたけれど、それってどうしてなの?」

「彼は体がデカいですし、かなりの大食いですからね。お二人が知っているかは分かりませんが、昔遊んだゲームに出てくる『メガゴン』というモンスターに雰囲気がよく似ていて。出会って間もない頃からそう呼んでいました」

「ああ、メガゴンね。素早くないけど攻撃力の高いモンスターだよね。私もそのゲーム遊んだことあるよ。懐かしいなぁ」

「私はアニメで見たかな、メガゴンは。玲人君がゴンって呼びたくなるのは納得かも」


 沙奈会長はアニメが好きだって前に言っていたな。2人にゴンのルーツを理解してもらえてちょっと嬉しい。


「俺のことをゴンって呼ぶヤツは初めてだったッスよ。さっ、ここに居続けるのはあれッスから、受付済ませてしまいましょう。もちろん、俺の奢りッスから!」

「ありがとう、ゴン」

「ありがとね、大山さん」

「ありがとう、大山君」

「……たまに、俺の昼飯代を奢ってくれる職場の先輩の気持ちが、ちょっと分かった気がするッス」


 でも、ゴンの場合は大食いなのでご飯代はかなり高そうだ。

 受付を済ませて僕達はカラオケボックスに。4人ということもあってか結構広い部屋だ。これまでマスコミに追いかけられたり、クラスメイトに冷たい視線を浴びせられたりしたので、ここにいると何だか安心する。


「今年度になって来たのは初めてだなぁ。そういえば、ドリンクが飲み放題なんだよね。私、取りに行ってくるけど」

「私も一緒に行くよ、沙奈ちゃん。逢坂君と大山君は何が飲みたい?」

「僕はアイスコーヒーで」

「コーラをお願いするッス」

「うん、分かった。じゃあ、沙奈ちゃん。行ってこようか」

「そうですね」


 沙奈会長と副会長さんはバッグをソファーの上に置いて、ドリンクを取りに部屋を出ていった。副会長さんが一緒だから変なことはしないと思うけれど、彼女も茶目っ気のある人なのでちょっと不安。


「可愛い先輩達と一緒に生徒会の仕事をやっているんだな」

「まあ……ね。3人で生徒会をやってるよ。僕は庶務係という名の雑用係かな。今は2人から、生徒会の仕事について色々なことを教わってる」

「学校でも職場でも、最初は先輩から仕事を教えてもらって、それを覚えることからだよな。俺、体力はあるけれど学力はあんまりねぇから、仕事を覚えるまで苦労したなぁ。上司や先輩に何度も同じことを訊いちまって、叱られることも何度もあった」

「それでも、分からないことはちゃんと分かるまで質問した方がいいよな」

「そういうこった。何でも訊けるのが新人の特権だ! でも、ちゃんと覚えるように頑張れ! って先輩に言われたぜ」


 社会人って凄い存在に思えるけれど、分からないことだらけでスタートする人だっているんだよな。むしろ、それが普通というか。ゴンも分からないことは質問して、教えてもらって、それを覚えて……きっと、その繰り返しで仕事をしているのだろう。


「そうだ、ゼロに訊きたいことがあるんだけどいいか?」

「うん、いいけど。どんなこと?」

「ゼロには付き合っている人はいるのか?」

「……いないよ」

「ほぉ……」


 ゴンはドヤ顔を見せてくる。恋人がいるかどうかで、人として上か下かどうかは決まらないと思うけれど。


「意外だな。ゼロならモテそうなのに。それに、如月姐さんはゼロのことが好きそうに見えるが」

「会長は僕のことが大好きだって公言しているよ。悪い人じゃないってことは分かっているんだけれど、時々、彼女の想いがとても重く感じるときがあって……」


 ミッションを達成するためという理由があっても、頭を抱えたくなるような会長の行動や言動はこれまでにいくつもあった。


「想いだけに重いのか」

「……笑わせるつもりで言ったわけじゃないぞ」


 本当のことを言っただけなのに、どうして虚しい気持ちになるんだろうか。そんな僕とは対照的にゴンはさらにドヤ顔になるし。あのときみたいに叱りたくなってきた。


「じゃあ、如月姐さんと笛吹姐さんならどっちが好みなんだ?」


 そういえば、そういう話はゴンに全くしたことがなかったな。きっと、僕しかいないからゴンもそんな質問をしてきたのだと思う。


「僕には姉がいるし、2人ともいいと思うけれど……どっちが好み、か」


 生徒会の仕事も優しく、分かりやすく教えてくれるし……年上だからか包容力みたいなのも感じる。それに、2人とも可愛らしいし。


「それでも、どっちかって言われたら……沙奈会長の方が好みかな。一緒に過ごした時間も長いし」

「わ、私の方が好みってどういうことかな?」


 気付けば、部屋の扉が開いており、沙奈会長が顔を赤らめながら僕のことを見つめていたのであった。

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