第6話 故殺

 森を抜けると、城が見えてくる。魔法の炎が燃やせるものを全て燃やし尽くしても尚、消えることもなく燃え盛っているかのように、崩れた城を紅く不気味に見せている。人の声はおろか、鳥の鳴き声ひとつも聞こえてこない。たった数時間で、ひとつの国が滅ぼされたのだ。


 彼等、たった二人に。


「シュウ、父上を……」

「……城に向かいましょう」


 城下街には、死体があちこちに転がっている。ルリア様には見せたくなくて頭を抱き寄せようとすると、その手はそっと払われた。


「わらわは、この国の王女だった。全てを、見ておく必要がある」

「……わかりました」


 ルリア様は、涙を流すことはなかった。強い意志と覚悟を宿した瞳で、城に至る道を真っ直ぐに歩いた。凛々しく、それでいて可憐なルリア様の少し後ろを、僕は無言で歩いた。


「皆の者……守ってやれなくて、すまない。どれだけ詫びようとも……許されることではない……わらわは、必ずや最後の責務を果たす」


 城は、崩れ果て、瓦礫の山と化していた。


 近づくと、その中にぽっかりと一部分だけ開けた空間があることに気付く。


 そこに、ようやく、生きている者を見つけた。


 若い男が座り込み、動かなくなった死体をひとつ、抱きかかえて項垂れている。


 僕は、空間魔法でレーヴァテインを取り出す。ルリア様に渡そうとすると、ルリア様は首を横に振った。そのまま、ルリア様は腕を伸ばし、空間魔法を使う。


「……ルリア様」


 ルリア様は、微笑みながらレーヴァテインを取り出した。世の中に二つと同じものは存在しない筈だ。僕は理解が出来ずにルリア様を見つめる。


「これは、わらわのヒミツじゃ。違う時空より、呼び寄せたもの」


 信じられない。ルリア様の空間魔法は、常軌を逸している……これはもはや、複製だ。


 驚く僕を横目に、ルリア様はツカツカと歩き出すので僕も後を追う。若い男に歩み寄ると、一定の距離を置いて立ち止まった。僕も、ルリア様の横で剣を構える。


 僕らを無視していた若い男が、項垂れていた首を重たそうにゆっくりと上げる。よく見ると、男も負傷している。


 間違いない、夢に見た男。


「……死んじゃった。王様が、殺したんだ。酷いよ……オレたちは二人でひとつなのに」


「王……父上!」


 ルリア様が走りだした先に、王様と思われる亡骸が落ちている。


 若い男がゆっくりと目で追いながら、腕を伸ばしてその手をルリア様に向けた。


 僕は、瞬時に男に斬りかかった。


 男は負傷しているにも関わらず、抱いていた死体を手放し、ひらりと身軽に僕の攻撃を避ける。そのまま瞬時に短剣を取り出すと僕に魔法を放った。


 僕は、魔法を避けずに剣で受け止める。


 受け止めきれない魔法で傷を負うけれど、構わず僕はその男に何度も斬りかかる。男は両手に持つ短剣を使い、僕の攻撃を受け流しつつも魔法を放つ。


「なんて奴だよ、相変わらず……戦いにくい奴!!」

「それは、お互い様です。そんなにひょいひょいと避けられては、敵いません!」


 ―――そう。あの夢は、前に生きた時の記憶。


 僕らは生まれ変わり、同じことを繰り返している。


 どちらかが死ぬまで殺し合いをする。


 何度も、何度も……何の為に、そうしているのかはわからない。


 ただ、今回も同じように殺し合いをする。


 それだけだ。


「貴様ぁっ!! よくも父上を!!」


 ルリア様は魔法を使い、レーヴァテインを輝かせながら男に斬りかかる。男はひらりと大剣を避けるように後ろへ飛んだ。けれど、ルリア様の斬った剣先から魔法が飛びだし、男の脚を切り裂く。


 よろめく男に、僕はすかさずレーヴァテインを振り払う。


「うああぁぁぁ!!」


 男は、身をのけ反らせて僕の攻撃を避けると、その眼を碧く輝かせてルリア様に向けて魔法を放った。


 僕は咄嗟に、ルリア様の前に出る。


 魔法を受ける。冷たく、鋭い魔法が体を切り裂くのがわかる。自分の血が男の使う水の魔法と共に舞うのが見えた。


「シュウ―――!!」


 ルリア様が白く輝くレーヴァテインで男を斬る。


 僕は、倒れながらその姿に見とれた。僕が教えた通りに、それ以上に、美しく、気高く剣を振るうルリア様……。


 男は僕に気を取られていたのか、ルリア様の剣と魔法に血飛沫をあげると、その眼から碧い光を失い、その場に倒れた。


 僕も、起き上がれそうにない。


 冷たい傷口から溢れる、血の温度を感じる。何度も夢に見た死ぬときの感覚が、現実味を帯びてきたことがわかる。


 倒れた僕を、ルリア様が抱きあげた。


「シュウ、わらわを殺せ! 早く……っ! わらわを置いて逝かないでくれ!!」

「ルリア様の剣、とってもお上手です。僕は、嬉しいです……っ」


 呼吸が苦しい。言葉が、紡げない。


 ルリア様の頬へと手を伸ばして、温かくて柔らかい肌に触れる。濃紫色の大きな瞳から涙がこぼれて頬を伝う。その涙を指で拭った。


 やはり、ルリア様を泣かせてしまった……僕は、情けない男だ。


「もう、ひとりは嫌じゃ……! 早く……っ!!」


 鈍い音が聞こえた。


 ルリア様が、僕を手放して、ばさりと僕の上に重なる。


 ガラン――と、金属の落ちる音が響いた。


 その向こう側に見える、男の影……。


「……ひとりは、辛いよね……オレも……おな、じ……」


 男が倒れる。


 息絶える前に、男がルリア様を背後から剣で刺したんだ。


 ルリア様から溢れる温かい血が僕を伝う。


「シュウ、愛している……」

「僕も、ルリア様を……愛し……」


 僕は……


 僕は、とても、言葉にできないくらい……幸せ……

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