第5話 運命の先
逃げる僕らを誰も追いかけてはこなかった。
たくさんの人たちが燃える城を目の当たりにして、その場で動けなくなっていた。オロオロと家の中に隠れる人もいるけれど、国の外に逃げようと考える人はいなかった。
平和な日常に捕らわれてしまうと、突然の非常時に、どう行動したら良いのかなんてわからなくなる。
「……うっ……っく……っ」
ルリア様は、声を押し殺して泣いている。
森の中は静かで、城の方からズシン、バラバラ、と何かが崩れ落ちるような音が僅かに聞こえてきた。何も聞こえなくなるまで、森の奥へ奥へと歩き続けた。森の奥は陽の光もそれ程多く届かず、寒く鬱蒼としている。
やがて歩き疲れて、大きな木の根元に僕とルリア様は、寄り添うように座り込んだ。ここまで来れば、彼等も追いかけては来ないだろう。
ルリア様の頭を撫でようとして触れると、その手は払い退けられた。ルリア様は何かを考えるようにじっと、一点を見つめていた。
「シュウ……わらわは、城を襲った奴等を知っている、そんな気がする」
「僕もです。恐ろしい、魔法使いのような気がします」
ルリア様は、深紫の瞳で僕を見上げる。
「……父上は死んでしまっただろう」
「そうですね……」
気休めなど、通用しないことはわかる。彼等は国王様を殺してからルリア様を探し、城下街にも魔法を放ったのだろう。
「夢の中で、わらわは彼奴らに何度か殺された。あれはただの夢では無かったのだ」
「そうですね。僕も同じ夢を見ました。でも、僕は……」
僕は、彼等に殺された夢よりも、ルリア様を守りきれず、その道半ばで命を落とす夢を何度も見ていた。その度にルリア様に悲しい顔をさせてしまい、申し訳ない気持ちと無念さでいっぱいだった。ルリア様に抱きしめられながら、僕の体は動かなくなり、意識が遠退いていく記憶……。
「シュウ、わらわはひとりで生き残りたくなどない。父上もおらず、シュウもいないこの世に……生きる意味など無い」
僕は何も言えなかった。ルリア様には生きて欲しいと思うけれど、僕もルリア様がいない世界で生きることなど無意味だと思う。ルリア様も……僕を失う夢を何度も見ているのかもしれない。
ふと、左手に光る指輪を見つめた。ルリア様とお揃いの、永遠の愛を誓う指輪。
「ルリア様。先程、何かを言いかけていましたよね。続きを聞かせていただけませんか?」
「……先程?」
「僕が、ルリア様を愛していると、言った後です。」
「あ……」と呟くとルリア様は視線を泳がせる。
「……わ……わらわが……」
ルリア様を見つめる。ルリア様は僕を見つめると、少しだけ恥じらうように微笑んだ。
「わらわが大人になる前に、シュウを他の女に取られたら困ると思った。わらわがシュウを守ってやろうと思ったのじゃ」
「他の者など、ルリア様の足元にも及びません。僕には、ルリア様しか見えておりません」
僕のすぐ横で、ルリア様は嬉しそうに微笑みながら視線を落とす。他の者など、もう存在しないのだ。そっと、その柔らかな頬に触れると、ルリア様は真剣な眼差しを僕に向けた。
「わらわはもう、王女ではない。国は滅びた。シュウとわらわは主従関係ではない」
「……はい」
返事をしながら、目蓋を閉じた。国王様や、仲間の兵士たち、使用人たち……たくさんの関わりあってきた人たちの顔が思い浮かぶ。こんな平和な国が何故滅びなくてはならないのか、理解できなかった。夢に見た二人の魔法使いの目的は何なのだろう……いや、どんな理由があったとしても、そんなことが許されるとは思えない。
「……もし、次に生まれ変わることが出来るなら、わらわは王女になどならぬ。シュウと同じ身分で、シュウと旅をする……世界をたくさん見て……たくさんの思い出を……」
ルリア様は、そこまで言うと僕の手をぎゅっと握り、涙を零した。僕はルリア様の頭を引き寄せ、その小さな体を抱きしめる。いつも見る夢と同じ結末を迎えてしまうのならば、僕らはもうすぐ、彼等に殺されてしまう。もし、運良く彼等を倒せたとしても、僕はまた、ルリア様を残して死んでしまうのかもしれない。
僕らは二人きりになってしまった。そして僕は、死が近いことを……感じている。
逃げることなど、ほんの僅かな時間稼ぎでしか無いのかもしれない。
「城に戻ろう……シュウ」
「わかりました。ルリア様」
僕は、ルリア様をゆっくりと解放すると、深紫の瞳を見据えた。
「一つだけ、約束をしてください」
「約束……?」
僕は頷く。ルリア様は分からないといった様子で首を傾げる。
「もし、ルリア様より先に僕のこの命が尽きたとしても――」
「シュウ!!」
ルリア様は目の色を変えて僕を怒鳴りつける。
「二度とそのようなことは口にするな! わらわを一人にすることは許さない……わらわより先に死ぬことは許さない!」
「僕にはルリア様を守り抜くことは出来ないのです。どんなに僕が強くなっても、それはきっと変えられないのです」
ルリア様は目に涙をいっぱいに浮かべて、僕を睨む。愛おしいルリア様。僕も、ルリア様を残して先に尽きるのは……嫌です。そう言うことは簡単だけれど、それは余計にルリア様を追い詰める。
「もう……ひとりになるのは夢の中だけでたくさんじゃ! シュウ、約束してくれ……その時はわらわを殺せ……殺してくれ!!」
僕に泣きつくルリア様に、僕は……返事をすることが出来ない。ルリア様をこの手で殺すことなど……できるはずもない。
「シュウ!! 返事をしろっ!!」
「ルリア様……でも僕は……」
突然、ルリア様は僕の言葉を遮るように、ぎゅっと僕の肩にしがみついた。
「わらわたちの運命など、決まっておらぬ。わらわたちの生きる目的も死ぬ目的も、わらわたちが決めて良いと、わらわはそう思う……。同じことを繰り返す意味などない。わらわは、シュウと共に生きてシュウと共に死にたい。わらわの望みを、叶えてくれ……」
「ルリア様……」
僕は、ルリア様を抱きしめた。強く、強く抱きしめた。
「約束します……その時は、僕がルリア様を殺します」
そうだ。ルリア様の仰る通り、これ以上、同じ辛い思いをさせる必要なんてない。
そう、僕の一番の望みもルリア様と同じだ。もう二度と、同じことを繰り返したくない。
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