第4話 あの日

 今日は、ルリア様には公務があるので剣の稽古は無い。僕は、国王様に呼ばれたので謁見の間に向かっていた。


 ルリア様は、覚えがいい。僕の教えることをひとつひとつ確実に習得していく。今まで誰かに剣を教えたことは無かったので、僕が教えるのが上手いから、というわけではないだろう。魔法を乗せて大剣を振るうという戦い方は、他では見たことがない。


 兵士として扱う剣は、正直そこまでうまく扱えない。人並み程度と言うのが妥当だ。だから僕が教える立場になることはない。


 前を歩いていた使用人が僕の顔を見つけると、パタパタとこちらに走ってきた。


「シュウ様! 大変です!!」

「何事ですか?」

「ルリア様が、いらっしゃらないのです。略装が一着なくなっているので、恐らく城下街に行かれたものかと……」

「わかりました。僕が探してきますから、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます! 今日は大切なお客様がいらっしゃるので、本当に困っていたのです」

「お客様?」

「はい。それでは私は準備がありますので、お願いいたしますね」


 使用人は、僕に言えばなんとかなると思っているのだろう。安心しきった様子で廊下をパタパタと戻って行く。とはいえ、このところは大人しくしてくれていたので使用人達も久々に焦ってしまったようだ。僕は、ルリア様を探しに行く前に、謁見の間へ向かった。


 謁見の間に入ると、王の側近がそわそわとしながら僕を見た。よく見ると、王はウトウトとうたた寝をしている。平和な国では珍しくない光景に目元が緩んだ。ある意味、失礼だと自分でも思うけれども、これがこの国の王様だ。


「王……、国王様、うたた寝はマズイです!」


 僕が耳元で囁くと、王は、ふっと目を開く。少し、呆けたような顔をして僕を見つめた。


「あ……ああ、すまないな。シュウ……」

「王、ルリア様が、また城を抜け出したみたいです。探して参りますね」

「ああ、いつもすまんな。娘のことを頼れるのは御主だけなんじゃ」

「任せてください!」


 僕は、国王様に満面の笑みを見せると走りだした。謁見の間を抜けて、城を飛び出して走った。ルリア様の居場所は分かっていた。あの約束から、ひと月が経っていたから。


 ――ひと月前に、ルリア様が城を抜け出し、城下街に行った時。


 いつも通りにルリア様を探しに行くと、宝飾店で真剣な表情で何かを選んでいるルリア様を見つけた。声をかけるのを躊躇い、陰からそっと様子を伺った。


 ルリア様は、指輪をはめていた。とても嬉しそうな顔をして指輪を見つめると、それを外して店員に渡した。


 指輪を買うなんてことは、普段はしない。宝石や装飾品にこだわることも無いので、不思議に思った。しばらくして宝飾店から出てきたルリア様を呼び止めると、驚くと同時に困った顔をされた。


『此処でわらわを見たことは忘れなさい! でも、ひと月したら、良いことを教えてやろう』


 どこで何を知ったのだか、ルリア様は高慢な笑みを浮かべていた。


 宝飾店に辿り着くと、予想通りルリア様の姿が目に入る。今度は迷うことなく宝飾店に立ち入る。


「ルリア様!」


「シュウ!?」


 ルリア様は、振り返ると驚いて僕を見つめた。それから、はっとした様子で店員から小さな包みを受け取ると、ツカツカと宝飾店から出て行く。僕は、店員さんに会釈をして、ルリア様を追いかけた。


「わざわざ来なくても……今日はこれを受け取ったら帰るつもりだったんじゃ」

「申し訳ありません、過ぎたことをしてしまいました」


 微笑みかける僕に知らん顔をして、ルリア様はツカツカと歩いていく。しばらく歩き、城に向かう途中にある広場の前で立ち止まった。いつも、ルリア様はここで買ってきたお菓子を召し上がるけれど、今日はお菓子は持っていなさそうだ。


「シュウ、少し休憩してから帰ろう」

「かしこまりました」


 傍にあるベンチに布を取り出して敷くと、ルリア様は、その上にすとんと座る。僕はルリア様の前で立っている。平和な国とは言え、王女を狙う者が居ないとも限らない。


 ルリア様は宝飾店で受け取った包みをゴソゴソと開けると、綺麗な青い石の付いた銀色の指輪を取り出して右手の薬指にはめた。空にかざすように手を伸ばし、嬉しそうに微笑む。大きすぎない控え目な大きさの青い石が、ルリア様の小さな手にとてもよく似合っている。


「わらわ、この石の色が好きだ。だから指輪に仕立ててもらったんじゃ」


 ルリア様は手を降ろすと、また包みをゴソゴソとし始める。


「シュウ。左手を出せ」

「えっ、僕にも何かくれるのですか?」


 ルリア様は差し出された僕の手を見てから、頬をふくらませて僕を見上げる。


「手の平を見せるのではない。普通は甲を向けるのだろう?」

「ルリア様……?」


 僕は、そっと手を裏返す。突然のことに、言葉が出ない。

 ルリア様は包みから同じ石の付いた銀色の指輪を取り出す。

 僕の手を握りながら、慣れない手つきで僕の薬指にその指輪をはめる。


 嬉しそうに微笑んで、深紫の瞳で僕を見上げる。


「この指に指輪をはめると女が寄り付かなくなるそうだ。シュウに悪い女が寄り付かないように、わらわがプレゼントしてやる。有り難いだろう」


 ルリア様は、そのまま口角を吊り上げて高慢な笑みを見せる。


 僕は、左手の薬指にはめられた指輪を見つめた。よく、僕の指にピッタリのサイズがわかったな、と思い返してみると、先日、商人にたくさんの指輪をはめられたことを思い出した。宝飾店の人は何を考えてこの指輪を作ったのだろう。


「ルリア様、左手の薬指の指輪は、永遠の愛の誓いを意味します。僕がそんな指輪を頂いて良いのですか?」


「なっ! ……シュウ、どこでそんなことを知ったんだ?!」


 少し頬を赤らめて、驚いた顔をしたと思ったら、ふてくされたように視線を逸らす。


 僕は、嬉しさと愛おしさで胸が一杯になる。


 ルリア様の視線に合わせてしゃがみ、その小さな手を取ると、右手についている指輪を外し、そっと左手の薬指にはめ直した。


 自分の左手の上に、ルリア様の左手をそっと重ねる。


 ルリア様を見つめて微笑む。ルリア様は驚きと嬉しさを一緒にしたような顔をして、僕を見つめた。

 

「これで、永遠の愛を誓い合うということです。愛しています、ルリア様」

「シュウ……! これは、わらわが買った指輪だっ。それに……」

「僕では、身分も歳も違い過ぎますね」

「わらわは、そんなことは気にしない……けれど―――」


 ゴゴゴォッ―――――――


 僕は、咄嗟にルリア様を抱きしめた。愛情表現ではない。背後にある城から大きな音が響き渡る。


「な、何ごとじゃ……?」


 僕は感覚を研ぎ澄ます。この感じは、間違いない。


「ルリア様、逃げましょう」


「逃げる?! ど、何処へ……城は?! 父上は―――!」


 何が起きたのか分からず錯乱するルリア様の手を取り、城を背にして走った。城の方から人々の叫び声と、城が崩れる轟音が聞こえてくる。


「シュウ、シュウ―――!!!」


「わらわは王女だ! 民を置いて逃げるなど、許されぬ!!」


「シュウ!!」


 僕を呼ぶルリア様を無視して走り続け、城下街を抜けて、国の入口である門の傍まで走った。

 

 そこで初めて、振り返って城を見上げる。


 紅い炎で覆われ、城がガラガラと崩れていく。徐々に、その炎が城下街に伸びてくる。あれは魔法だ。……知っている。きっと、ルリア様も。


 僕は、あの忌々しい魔法を使う彼等から、ルリア様を守らなくてはいけない。


 そのために、僕はここにいる。


「ルリア様、もう少し走ります。走れますか?」


 ルリア様は、絶望的な表情のまま、目に涙を浮かべている。それでも、僕の顔を見て、コクンと頷いた。


 僕は、ルリア様の手を取り走りだした。魔法で逃げようとも思ったけれど、魔力を感知されるかもしれない。この先の、森に逃げ込めばきっと逃げきれる。


 途中から、ルリア様は僕の手を振りほどき、自分で走りだした。何も言わずにひたすら……二人きりで、必死に走った。


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