第2話 お姫様

「なぁ、シュウ」


「はい、なんです?」


「娘のことだが、御主に任せようと思う」


「お言葉ですが、王……」


「……言いたいことは分かる。娘は我儘だ。自分勝手で自分本位で、使用人達も手を焼いている。だが、御主には懐いている。御主の話には耳を傾ける。御主の言うことなら少しはきく。だからといって御主に全て押し付ける訳では無いぞ。アレだ……その、ルリアも、もう十五歳だしな……」


「いや、そうではなくて。ルリア様はまだ若いとはいえ、女性です。それに、いずれは王の後を継ぎ、この国を治める女王になられるお方です。僕のような下層階級の兵士に何を任せると言うのですか?」


「教育だ。人としての善悪、行儀、作法……など。本来は親が子に、また教育係が教えること。だが、私は多忙な上にあの子の母親はおらぬ。教育係は次々と辞めていく。御主にも手伝ってもらいたいのだ」


「はぁ……お手伝いならば僕は構いませんが……」


 国王様は僕の曖昧な返事を聞くと、嬉しそうに微笑んで、王座にどしんと座り直す。


「シュウ。では早速、ルリアを呼んできてくれ」


「……かしこまりました」


 僕は、敬礼して謁見の間を後にする。


 今、僕はこの国の兵士として生きている。数年前に、行き倒れていたところを通りかかった国王様に助けられた。国王様は、記憶の抜け落ちた素性のわからない僕を信用してくださり、兵として国王様の御傍でお仕えさせていただくことを許してくださった。その広い御心にとても感謝している。


 広い石造りの廊下を歩く。仲間の兵士がニヤニヤと笑みを浮かべながら敬礼をして挨拶をする。僕も笑顔で敬礼を返す。


 国王様に重用されている僕を気に入らないと思っている兵士もいるけれど、仲良くしてくれる兵士も多い。国王様のゆったりとした御心が兵士たちの気持ちも穏やかにしていて、城内だけではなく、国中が穏やかな雰囲気を保っている、そんな気がする。とても平和な国だ。魔物も少なく、差し当たり大きな問題もない。


 強いて”問題"と言うのであれば、この国の王女であるルリア様の我儘が度を過ぎていて使用人や兵士たちが振り回されている、ということくらいだろうか。


 ルリア様の母上様である王妃様は、ルリア様を産んですぐに亡くなられたらしい。国王様は後妻をめとられないので、この国には王族が国王様と王女の二人だけしかいない。僕は王妃様を肖像画でしか見たことはないけれど、まだ少女であるルリア様には、王妃様の面影を感じられる。僕だけがそう思っているわけではなく、誰もが『ルリア様は王妃様によく似ていらっしゃる』と言う。


 ルリア様のことを、悪く言う者はいない。


 ――ただ、母上のいらっしゃらない寂しさ故に、ルリア様は我儘になられたのだと、人々は噂する。けれど僕はそう思わない。


 最も、僕はルリア様のことを我儘だとか自分勝手だと思ったことは一度も無い。


 ルリア様の部屋の前に立つ。中からは、物音一つ聞こえてこない。


「ルリア様、シュウです。おいでですか」


 ……返事がない。毎度のことながら、こればかりはいつも少し、躊躇う。


「ルリア様、開けますよ?」


 扉を開くけれど、そこにルリア様の姿はない。またこっこり抜けだして城下街に遊びに行ったのかもしれない。僕は笑顔で、小さく溜息を吐いて部屋を出る。


―――――――――――――――


 城下街に行こうと急ぎ足で廊下を歩いていると兵士に呼び止められる。


「シュウ! 探していたんだ。ちょっと来てくれ」

「はい、どうしました?」

「お前のお姫様がご乱心だよ!」

「……そうですか、今日は何処で?」

「兵士たちの訓練部屋だ。突然現れて、そこにあった剣を振り回して……手が付けられん、ケガ人が出る前になんとかしてくれ!」

「はい、わかりました。僕に任せてください」


 僕が呼ばれる理由なんてひとつしかない。僕と兵士は小走りで訓練部屋に向かった。


 訓練部屋が近づくにつれて、ルリア様の声が聞こえてくる。


「次は誰じゃ? わらわの相手をするのは!」


「うーん……そこのオマエ!! 本気でわらわにかかってきなさい!」


「い、いえ! ルリア様、どうかご容赦ください!!」


 どうしてまた剣なんて……ああ、そうか。もしかしたら。


 訓練部屋に走る。角を曲り、部屋の中を見る。目に飛び込んでくる、想像通りのルリア様の姿に僕はつい、目元が緩む。

 兵士でも大柄な男が使うような大剣を両手で引きずるように持って、ドレス姿のまま晴れやかな笑顔で、怯える兵士と向かい合わせに立っている。魔法を使い、ルリア様はその大剣を振り上げる。


 僕は、ルリア様の剣を止めるために走る。


 腰に携えていた剣を抜き、ルリア様が振りかざした大剣を薙ぎ払う。


 よろめいたルリア様が転ばないようにそっと、その小さな腰を抱く。


 微笑んで見せると、ルリア様は僕を見て一瞬、驚いた顔をした。けれどもすぐに、その表情を変えてムッとした顔をする。


「シュウ!! わらわはこの兵士と手合わせしていたのじゃ! 邪魔をするとは何事だ!!」


「申し訳ありません。ルリア様の御身を守らねばとつい、焦ってしまいました」


 可愛らしい深紫の瞳に睨みつけられる。


 僕は嬉しくて、ルリア様に微笑む。


「……わかった。それならば、シュウがわらわに剣を教えてくれ」

「おや、手合わせではないのですか?」

「わらわはシュウに勝てるとは思っておらぬ! いいから教えるのだっ!!」

「お安い御用です」


 周囲の兵士たちの安堵する溜息が聞こえたような気がした。


「それよりもルリア様。国王様がお呼びです」

「知らぬ! わらわは、彼奴あやつに用は無い」

「今日は、ルリア様にとっても良いお話だと思いますよ。一度、国王様のもとに参りましょう」


 ルリア様は、口を尖らせたまま僕から離れると、ツカツカと訓練部屋を後にする。


「た、助かったよ。ありがとうシュウ……」


 手合わせをさせられていた兵士が、ヘタヘタとその場に座り込んで僕に礼を言った。


「いえ、ケガがなくて良かったです」


 兵士に手を差し出すと、兵士は僕の手をがっしりと掴んだ。呆れ混じりの笑顔を互いに交わす。


『シュウ!! 何をしておるのだ!!』


「はい! 今すぐ!!」


 兵士は立ち上がると、早く行け、とばかりに掴んでいた手を離す。僕は急いでルリア様の後を追った。


――――――――――――――


 謁見の間で正式にルリア様の教育系を命ぜられた後、僕はルリア様と庭に出た。約束通り、剣を教えるためだ。

 この国は寒い地域に在るので、陽射しが無いと風が冷たい。今日は雲が多いので少し冷える。

 ルリア様は、重そうな大剣をずるずると引き摺りながら運んで来ると、僕に向き合うように立った。それにしてもどうしてまた、あんなに大きなものを選んだのだろう。


「ルリア様、もう少し小さな剣に持ち変えてみては如何です?」

「……どうして? シュウだってこのくらいの剣を持っているだろう?」

「それはそうですが、持ち運ぶのも大変です」


 ルリア様は怒るかもしれない、と思ったけれど、僕を見て得意気にニッと笑った。


「わらわは『空間魔法』という魔法が得意なのじゃ。他の者に見せると驚くので普段は使わないようにしておる。その能力があれば、大きな剣でも邪魔にはならぬ」

「空間魔法ですか……」


 その魔法は知っている。本当は僕も使えるけれど、この国では存在すら知られていないので使わないようにしていた。まさか、ルリア様も同じことを考えていたとは思わなかった。


「シュウも使えるのだろう? なぜ隠すのじゃ」

「何故、僕も使えると?」


 ルリア様は、真顔で僕の顔をじっと見つめた。それから視線を逸らすと、呟くように小さな声で囁く。


「……夢の中で、シュウによく似た男が使っておったのじゃ」

「夢……?」


 ルリア様は、突然、表情を変えてムッとして僕を睨む。少し頬を赤らめて、照れているみたいだ。


「いま、わらわが可笑しなことを言っていると思っただろう?!」

「思っておりませんよ。その夢は予知夢かもしれませんね」


 僕は、ルリア様に微笑んで見せると手を伸ばし、空間魔法を使う。普段は持ち歩かない『レーヴァテイン』を取り出す。

 ルリア様は真顔で僕が大剣を取り出す様子を見ていた。と思うと、引き摺ってきた大剣をガランとその場に捨てた。


「シュウ、わらわに少し貸してくれ」

「もちろん、仰せのままに」


 僕は、取り出したレーヴァテインをルリア様に手渡す。ルリア様は、魔法を使い両手に持って構える。

 レーヴァテインはとても重いので、魔法を使わなければ構えることは出来ない。引き摺るのを避けるように魔法を使ってくださったのだという、ルリア様の配慮に気が付き、僕はつい嬉しくなった。


「シュウ、笑っていないで教えてくれ」

「はい。こうして構えてください。ルリア様は魔法が使えるので魔法を乗せるように、使うのが良いと思います」


 ルリア様は素直に、僕の言うとおりに剣を使う。小さな身体で、自分の背丈ほどもある大剣を構える。とても気高く、荘厳な姿に、僕は胸の高ぶりを抑えられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る