第7話

 それから数か月後、わたしは庭へと足を運び、意を決してたき火をしていた。館にあった専用の焚き木をありったけ集めて燃やしているから、火はとても大きくて、ひとを一人のみこめるくらいだった。もちろんそれはわたしの意図だった。この火へと身を投げ入れ、背中の刺青ごとすべて消えてなくなってしまえばいい。赤々と燃える火を見つめていると、こわいくらいに落ちついた。もっと、もっと火よ、燃えて。そう思って焚き木をさらに集めようとうしろを振り向くと、そこにはソフィーが立っていた。


「なにをしているの」


 わたしはうつろな瞳で、意識も混濁としていて、返事がうまくできなかった。


「刻みこむということは、辛いことです。そこにはいつも、誰かへの想いがあるからです。でも、そこから目を反らしてはいけません。なぜなら、そこには喜びもまたあるからです。ただ火を見つめるだけではいけません。火のうちに、あなたのこころへと刻みこまれた想いを見つめなさい。そうすれば、なにが大切なことか、きっとわかるはずよ」


 そう言ってソフィーは、わたしだけ残して、その場を後にした。燃えさかる炎を見つめていると自然とやはりこころが落ちついてくる。わたしはそのうちに父の顔を思い浮かべた。


 父は男手ひとつでわたしをここまで育ててきてくれた。わたしが不登校になってもなにも言わず、ただ「辛かったろう」と抱きしめてくれた。そんな父の笑う顔にわたしはまた、泣きそうになった。背中の刺青は辛く苦しいけれど、それと同時にそれは、ありあまるほどの愛の証なのだろう。それがどれだけわたしを束縛し苦しめるものか、きっと父もわかっていた。だけど刻みこまざるをえなかった。どうしてなのか。そこに想いがあったからなのか。


 わたしは急に、家に帰りたくなった。わたしには帰る場所がある。もう、こころの穴はすっかり塞がった。ソフィーに伝えなければ。そう思って庭を出ると、エントランスにリズの姿を見たような気がした。でも、家に帰ったとしても、わたしはリズを忘れることはない。リズはわたしのこころに大きな想いを刻みこんでいった。しかし、輪郭のぼやけるその姿は見まちがいではなかった。それはまちがいなくリズだった。


「ごめんよ、ハル。急にいなくなったりして」


 はにかんで手を上げるリズの胸にわたしは飛びこみ抱きついた。そしてもうすっかり枯れたと思っていたのにまだ湧きあがる涙を彼の胸元に押し当てて拭った。


「もう二度と会えないと思ったわ」


「ハル、見て欲しいものがあるんだ」


 そういってリズはその場で上着を脱ぎ、はだかの背中を私に見せた。そこには大きな男の刺青が刻みこまれていた。


「こいつで龍を退治しようと思って。わかるかい、これがぼくにできるありったけのユーモアってこと」


 わたしは息をのんでことばに詰まった。


「ぼくの想いは伝わったかな」


 リズの顔は以前よりも凛々しく、そしてわたしだけを見つめていた。


「ふたりで、ここではないどこかで、いっしょに暮らそう」


 抱き合うわたしたちのまわりを青い蝶がくるくると回って飛び去っていった。

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ありあまる愛 @SUMEN

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