第4話

 わたしはどうしていいかわからず、ひとまずソフィーを探しに、広い建物のなかをうろついた。しかしやがて、どこまでも広いこの建物のなかで、わたしは迷子になってしまった。


 どこまでいっても、おなじつくりの扉が等間隔に連なってつづき、曲がっても曲がってもまたおなじ廊下が目の前に伸びた。いやな汗をかきながら、だんだんと自分はどこへ向かっているのかすらわからなくなってきて、すっかり方向感覚を失ってしまった。途方に暮れてひとまず、いちばん近くにあった扉を開けてみると、広いエントランスにつながってわたしはいったん安心した。


 昨日の夜と同じように、庭に通じるところにゆき、ガラス戸をそっと開けて庭に足を踏み入れた。この前とはちがって朝日を浴びいきいきと咲き誇るアジサイを横目に、わたしは小路を歩いた。その先のガーデンチェアにはソフィーが座っていて、じぶんの指先にとまっている青い蝶を見つめていた。ソフィーがわたしに気づいてふりむくと同時に、蝶はどこかへ飛び去ってしまった。


「ごめんなさい、お邪魔して」


「いいのよ、気にしないで。困ってるようだけど、どうしたの?」


「わたしは家に帰りたくないけれど、でも、ここでどう過ごしていいかもわからなくて」


 するとソフィーは、にっこりとして、うしろを見た。そこではさっきの青年が水やりをしていた。


「彼はずっとあなたを待っていたのよ」


 青年はこちらには気づいていないようで、ずっとぶつぶつ言いながら、水やりをつづけていた。


「待っていたって、どういうことですか?」


「彼の生まれついた星は、ほんとうは、あのときあの場所で、あなたが死にそうになっていた路地裏で、消えてなくなるはずだったの。これじゃいけないと思って、わたしがそこへむかったら、あなたがいたわ。だからわたしがあなたをここへ連れてきた。いまはまだ、この話は理解しなくてもいい。ただひとつ、これだけは理解して。彼はあなたなしでは生きられないわ。あなたが彼なしでは生きられないように」


 そう言ってソフィーは「リズくん」と青年の名を呼び、ふり向いた彼にわたしを指さし、「彼女が話したいって」と言った。それからわたしを見て「彼にはなんでも打ち明けなさい」とささやいた。戸惑うわたしのところにリズが相変わらずの笑顔で近づいてきた。


「ぼくもいま、ちょうど水やりしながらきみのことを考えていたんだ。きみのこころの穴はどこにあるんだろうって」


 気づけばソフィーの姿はどこにもなく、まるでさっきの蝶みたいに、音もなくどこかへ飛び去ってしまったかのようだった。


「きみはなにをしているときがいちばん楽しい?」


 青年はダウンのポケットになにか大切なものでも入っているかのように、すぐにポケットに手を入れ、ガーデンチェアに腰を下ろし、話しかけてきた。わたしもまたとなりのチェアに座り、しばらく考えたあと、「絵を描いているときかな」と言った。


「そうか。ぼくは石を彫っているときがいちばん楽しいんだ。ここにはアトリエもあるんだよ。もっともほかの人は使わないから、ぼくがひとり占めしてるんだけどね。そうだ、絵を描くのが好きなら、きみもそこを使うといいよ。いまからそこに案内するね。おいで」


 そう言って青年は地面にすとんと降り立ち、手招きして振りかえることなく歩きだした。わたしは慌てて彼のあとをついていった。

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