第6話「琴葉理子とカメラの行方」

「頼むよ、七海! お前は誰の頼みでも聞いてくれるんだろう!?」

「えぇ……? いや、それは……」


 僕――七海七郎はクラスメイトの言葉に、たじたじになった。

 この状況を説明するために、少々お時間を頂くことをご了承願いたい。


 今、僕に向かって手を合わせている男子は山越。写真部に所属している。

 なんでも僕に頼み事があるのだそうだ。

 そして僕は、人に頼まれるとイヤとは言えない性格で――たいていのお願いは引き受けるようにしている。


 だが、中には引き受けようのない頼みもある。こんな風に。


「頼むよ、俺の無罪を信じてくれ! 他に頼めるヤツがいないんだよ!」

「いや、頼むとかの問題じゃないでしょ!? 君は明日から停学なんだよ!?」

「だからこそ、今日のうちに頼むんじゃないか。な、いいだろ七海!?」

「――お断りします」


 突然、天使の声が響いた。僕の彼女、琴葉理子さんが来てくれたのだ。

 もっとも山越にとっては悪魔か死神の声だったようで「ぐえぇ…琴葉ァ…」と喉を絞められたような声を出していたが。


「七郎さん。生徒会の業務が始まる時間です、早く来てください」

「七海ィ、行かないでくれよォ~。同じ彼女持ちのよしみでさぁ、俺の無罪を証明してくれよォ~」

「七郎さん!」

「七海!」

「えぇと…理子さん、ほら、ね?」


 僕が目くばせをすると、理子さんはため息をついて、こう言った。


「お話を聞くだけならお付き合いしましょう。手短に済ませてください」

「ありがとう、琴葉! 七海! お前ら愛してるぜ!」


 山越はパッと顔を輝かせると、僕らに昨日あった出来事を話し始めた。


 * * *


「昨日は朝から写真部の集まりがあって、活動日誌とポスターを生徒会に持って行ったんだ。お前らも知ってるだろう?」

「はい、生徒会室でお会いしました」

「それで、ポスターを渡り廊下の掲示板に貼り出すってんで、そっちに行ったんだ。カバンは生徒会室に置かせてもらった。そうだよな?」

「そうだね…」


 僕はちょっと気分が憂鬱になってきた。

 山越は明日から停学になる身の上である。

 その罪状は彼が持っているカバンの中身と、密接に関連しているのだ。


「だからさ、そこでなにかあったと思うんだよ。俺のカバンの中のカメラに!」

「なにか、とは?」

「だってさ、その後は午後の体育まで、ずっとカバン持ってたもん。昼飯の時ちょっと離したくらいで、カメラを盗まれる心当たりはないんだよ」

「すみません、お話が見えないのですが。いま来たばかりの私にも分かるように説明してください」

「だーかーら! 昨日の体育の後、俺のカメラが女子更衣室から見つかったのは、誰かの罠なんだって!」


 ……そう。山越が停学になるのは、女子の着替えを盗撮したから。

 昨日の夕方、彼のカメラが体育の女子更衣室から発見されたためである。

 正確にはカメラの電源が入っておらず、未遂だったため、退学にならずに済んだ。

 悪運の強い奴、と言うしかあるまい。


「なあ、信じてくれよ、七海! なにか無かったのか? 昨日の朝の生徒会室で」

「それは、あなたのカバンに近づいた人物がいたのか、という意味ですか?」

「そう!」


 理子さんの顔を見た山越は、まずそのニキビ顔を引きつらせ、そして僕の方に視線をそらした。

 理子さんの目は抜き身の日本刀よりも冷たく、鋭くなっていたからだ。


「この際ですから、はっきり申し上げます。いちいち覚えていません。あの場には生徒会長と私と七郎さんがいましたが、お預かりした活動日誌の確認で手いっぱいでした」

「そんなぁ……俺、明日からどうしたらいいんだよォ……」

「親御さんとよく話し合ってください」


 さ、行きましょう、と理子さんが手を引く。

 僕たちは山越を置いて生徒会室へと向かった。


 * * *


 それからしばらくして、山越は学校に復帰してきた。

 単位の取得に問題はなく、きちんと残りの授業に出れば進級できるとのことだった。

 噂では彼女と別れて落ち込んでいるとのことだったが、むしろその程度で済んでラッキーだったと思って欲しい。


 ところが帰り道、その話を聞いた理子さんは「やっぱり」と呟いた。

 僕は思わず聞いてしまう。


「なにがやっぱりなの?」

「七郎さん。山越さんの話を覚えていますか?」

「自分は無罪だって話? いやー、さすがに僕も信じないかなぁ」


 すると理子さんは、いつになく厳しい顔をして僕に言った。


「ひとつだけ。彼が嘘をついていない可能性があります」

「えっ?」


 僕は言葉に詰まった。

 まさか理子さんの口から山越を弁護する言葉が出るとは思わなかった。


「だって、山越の話じゃカメラはカバンに入れて、ずっと持っていたんでしょ? 誰も触れないよ」

「いるじゃありませんか。彼の近くにいて、わずかな時間さえあればカメラを盗めた人物が」

「誰?」

「山越さんの、彼女さんです」


 僕は今度こそ言葉を失った。

 そんなことがあり得るだろうか?


「山越さんのカメラは女子更衣室から、電源の切れた状態で見つかりました。

 写真部なのにカメラの電源を入れ忘れるでしょうか?」

「それは、そういうこともあるかも……」

「疑問は、もうひとつあります。なぜ山越さんは誰にも見つからず女子更衣室に入れたのか。カメラ自体はあっさり見つかったのに、です」

「彼女さんがやったから、見つからなかったってこと!?」


 理子さんは、小さくうなずいた。


「もちろん、これは私の想像です。証拠も目撃者も、なにもありません」

「……うん」

「なにより動機が分かりません。ただ彼女さんと別れたことが、山越さんの今後のプラスになるよう祈るばかりです」


 僕があぜんとしていると、理子さんは少し困った顔になった。


「七郎さん。女の子が怖くなりましたか?」

「えっ? まあ、ちょっとは……」

「私のことも?」


 ――そう聞いた理子さんの声に、いつもの切れ味は無くて、弱くていまにも折れてしまいそうだった。

 僕はギクシャクする関節を無理やり動かして、理子さんのことを後ろから抱きしめた。


「怖くないよ、理子さん」

「……七郎さん」

「うん」


 理子さんは振り向いて、僕の顔を見上げる。


「フォローが遅いです。ハグでもキスでも構いませんから、こういう時には、もっと早い対応を希望いたします」

「あー……ごめんね、理子さん」

「分かればよろしいです。さ、帰りましょう」


 僕は理子さんの体を離すと、あらためて手をつないで帰り道を歩き始めた。

 どこか遠くで、女子高生の笑い声が聞こえたような気がした。


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琴葉理子のお断りします あきよし全一 @zen_1

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